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4-7

 しかし進み始めて激しく後悔した。

 こ、ここは…。


「…あ……」


 薄闇に溶けるような甘い女の声がかすかに聞こえる。

 喘ぐような吐息と、ついで衣擦れの音が静かな空間にかすかに響いた。


 のおおおおお。

 一体何ですか?この通路は。

 なんか柱の影とか置かれている家具のところとかに一定間隔に見えないけれど人の気配がする。

 しかも大抵男女の二人組で…。

 しかもさなんか…すっごい密着してて、ううううううう。


 とりあえず、目をつぶり気味にさっさと歩いてきたけど、もうヤダ。

 なんなの?こんな通路なんかで皆なんでそんなことできんの?

 とりあえずあたしはただのメイドの幽霊なので何も見てません。見てませんから!


 必死で通路を抜けるべくあたしは極力耳を塞ぎ、目を塞ぎ歩いていく。

 だが、いくらなんでも歩いているので全部塞いで歩くことができない。

 あたしは必死で頭から聞こえてくる音を追い出しながら歩いていた。

 そこへ聞こえた声にあたしは思わず立ち止まった。


「……で?あれの方どうなの?」


 それまで聞こえてきていた意味不明な声とは違うはっきりと聞き取れる声にハッとする。

 その声はあたしの進もうとしていた場所から聞こえてきて、あたしは慌てて柱の影に身を隠した。

 なぜ、隠れたのかといえば、声に聞き覚えがあったからだ。

 その声は先程リネン室で聞いた女の声だった。

 国王暗殺計画を練っていた男女の片割れ。

 どうしてこんなところに彼女がいるのか。

 あたしは緊張に胸が早鐘のように打つのを感じた。


「…無事にことは進んでいるさ。…心配するな」


 今度は男の声が聞こえる。

 こちらも先程聞いた声だった。

 どうやら犯人グループが密談しているようだ。

 さらなる緊張にあたしは混乱した。

 な、なぜにあたしの進行方向にいる!?

 さっきから嫌がらせか?!…いやそうじゃないだろうけど。

 どうやらこちらの存在には気づいていないらしい男女はそのまま会話を進めていく。


「時間は?」

「もうすぐだ。どうやら王子様は相手を決めたらしい。」

「そう。じゃあ、あとは手はず通り、お披露目と同時に…」

「…ああ、長い間だったが、ようやく俺たちの悲願が…」

「…しっ!」


 突然男の声を女が遮った。

 その音にギクッと体が震える。

 ま、まさか…。


「?…なんだ?どうした」

「…どうやら子猫が一匹柱の影にいるようよ?」


 女の声に背中に嫌な汗が伝ったのを感じた。

 見つかったー!!

 隠れようかと周りを見回すが、そもそも今隠れている時点でこれ以上どう隠れればいいんだ!

 そう考える間にも人の気配が近づいてきているのを感じる。

 心臓がばくばく口から飛び出そうだ。


「…まったく、どこの子猫かしら?立ち聞きなど躾がなっていないわ?」


 カツンカツンとヒールの音が静かな空間に否応にも響く。

 艶やかな女の声が少しづつ近づいてくる。

 どう考えてもこのまま見つかれば、ろくな結果が待っていなさそうな気がする。


「ねえ、出ていらっしゃいな。今なら許してあげるから?」


 いや、絶対それ嘘だよね。どう考えても無事じゃすまない前フリだよね?

 汗がダラダラと流れる。

 相手はただでさえ男女の二人、あたしは今ひとり。

 しかもただの一般市民だ。

 不思議なチートとかありませんから!

 ああ、絶体絶命。どうやらあたしの命運もここまでか!?

 そう思ってあたしは何もかも諦め目を閉じた。

 次の瞬間あたしは横合いからすごい力で引き摺り出された。


「…あら?」


 女の声が響く。


「どうした?」

「……おかしいわね?誰かいたと思ったのだけど?」

「気のせいじゃないのか?こんな場所早々人が来るはずもないだろう?」

「…そうね。緊張して神経が過敏になっているのかしら」

「なんだ珍しいな、お前が緊張なんて」

「…こんなときに茶化さないでちょうだい。…それより行くわよ。ぐずぐずして、計画が崩れたら大変だもの」

「ああ、そうだな」


 ………。

 二人分の足音が遠ざかっていく。

 十分時間がたって、二人の気配が完全に消えたときようやく体をはなされた。

 闇に溶けるかのような狭い空間から解放され、あたしは背後に向き直った。

 そこには一人の魔法使いの姿があった。

 その魔法使いには見覚えがあった。


「…なにやってんの?環ちゃん、こんなとこで?」


 赤毛の魔法使いは胡散臭い笑顔でそんなことを聞いてくる。

 いや、それはこちらのセリフだ。変態魔法使い。いや、自称魔女か?

 あたしを背後から引き摺り、暗がりの部屋に隠してくれたのが彼だった。

 彼は今日の昼頃に突然あたしの前に現れた魔法使いだ。

 突然現れて魔法でドレスアップしてやるから、お城の舞踏会に出てくれと行ってきた。

 舞踏会に行く気はもちろんなかったし、何より目の前の存在が怪しいことこの上なかったのでダッシュで逃げた。

 そのままもう二度と会うこともないと思っていたのだが。

 とりあえず助けてもらったことには変わりないので、お礼を言うことにする。


「あの、助けてくれてありがとうございます」


 じゃ、あたし、ちょっと急いでますので、と続けようとすると言葉を遮られた。


「…ちょい待ち、何処へ行くん?まだ質問に答えてもらってへんのやけど?」


 っち、このまま見逃してくれる気はないらしい。

 面倒な。ていうか、なんであたしの名前知ってるんだ?魔法使い。

 名乗ったつもりも名前呼びも許した覚えはないんだが。

 だが、今は不法侵入で逃亡中の身の上。あんまり突っ込むとこちらが突っ込まれそうなので、ごまかす方に全力を尽くす。


「あの、ちょっと迷い込んでしまって…」

「うん、そうやろね。ここがどういうところだか分かってへんやろ?」


 魔法使いが言うには、ここは舞踏会でであった男女が逢引を楽しむために、わざと薄暗く作っているらしい。

 その話に思わず赤くなる。ううう、なんとなくわかってたけど、やっぱりそんな場所だったとは、お城にそんな場所があるなんてなんかショックだ。


 この地帯は暗黙の了解で男女二人でしか行かない地帯になっているらしい。

 そこにメイドがのこのこ女一人で歩いて入っていったのを見とがめ、さらに見知った顔であったので魔法使いは追いかけてきたらしい。


「な、なんでそんな場所が、お城に?」

「先代の王の悪しき風習やね。こういうところをいきなりなくすと貴族の反発とかあるからなかなかなくされへん。国王はとっととこんな場所廃止したいらしいけど…、てまあ、ええわ。それは。それよりなんでそんな姿でいるん?」

「え?…いや、これには深い事情が…」


 大した事情じゃないが、自称神様にプリンのお礼に強制されたといったら頭の構造を疑われてしまうのでごまかしておきたい。


「それ、王族専属のメイドの服やろ?どこで手に入れた?」


 え?なんですと?!

 そんなの知らないよ。


「えっとそれは…」


 追求されて答えにつまる。ええ、どう答えればいいの。


「それは?」


 目の前の赤毛の魔法使いが目を細めた時だった。

 ばっと、突然明かりが消える。

 それに驚いた魔法使いの意識が一瞬あたしからそらされた。

 その気を見逃すはずもない。

 あたしは火事場の馬鹿力とも言える瞬発力で、その場を逃げだした。

 背後で、遠く「暗闇ダンスの趣向です。お楽しみください」のアナウンスが聞こえた。

 なるほど、粋なイベントだ。グットなタイミングです。


「え?あ、ちょい、君…!?」


 後ろで魔法使いの呼び止める声が聞こえたけれどもちろんまるっと無視です。

 あたしは全速力でその場を駆け去った。


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