4-5
それから男は国王を守るためだろう準備をするために出て行った。
なぜかあたしにここに居るようにきつく言いおいて。
なんでなのだろう?あたしは彼にとって怖い、気絶するほどこわーい幽霊だというのに。
再び会いたいとでも言うのだろうか?気絶したいのだろうか。
……マゾなのか?
とりあえず、約束はさせられてしまったものの、もちろん守る謂れはない。
というか、万が一衛兵率いて戻ってこられた日にはマジ死亡フラグです。
あたしはそっと部屋から抜け出そうとした。しかし。
「っ!」
開けようとした扉を慌てて元に戻す。
な、なんで?なんで外に衛兵が立っているわけ?
そのことで男の考えがわかって青ざめた。
たぶんあの男はあたしを不審人物だって思ってこの部屋に閉じ込めたんだ。
そりゃそうか、俄然怪しいもんな、自称幽霊女。
先ほどの何やら真剣に話を聞いてくれていたから、こちらを信用してくれたのだと勝手に思い込んでいたようだ。
自分の迂闊さに腹が立つ。
だがこのままおとなしくお縄になるつもりはない。
あたしはそっとバルコニーの方へ歩いて行った。
窓を開け周囲を確かめる。誰も見張りはいないようだ。
ふ、詰めが甘いな。
あたしは邪魔なスカートをたくし上げ手すりに足をかけた。
…もちろん自殺なんてしないよ?
足元を見ればもちろん落ちれば死ぬ高さなので極力見ない。
勢いつけて隣のバルコニーに飛び移った。
足場は悪いが距離はない。運動神経たいしたことないあたしでも無事着地だ。
ふう、人間命掛かればそれなりのことができるもんだ。
それを何度か繰り返し閉じ込められていた部屋から離れた部屋で内鍵のかかっていない部屋を発見しそこから脱出した。
衛兵に見つからないように移動するのは普通の女でしかないあたしにはなかなか骨の折れる作業だった。
しかし見つかれば縛り首だ。
なんとしても逃れなければという思いから、あたしはある場所へ向かっていた。
もはや舞踏会が終わるまでとか悠長なことを言っていられない。
移動しながら喧騒のする方に耳を澄ませる。
舞踏会は特段問題なく進んでいるようだった。
国王の身辺は気になったが、おそらく大丈夫だろうとなぜか思った。
先ほどの男は確かにあたしを騙し射ちにして閉じ込めたけど、おそらく国王を守ると言った言葉は嘘じゃない。
そう信じたかった。
最早あたしにできることはないから、言い訳なのかもしれないけど。
あたしはそっと舞踏会の会場とは逆の方向へ走った。
「…君、ちょっと待ちなさい」
「は、はい!?」
突然呼び止められ硬直する。
う、気づかれたか?逃亡中の不法侵入者だと。
いやバレてない可能性もある。いまのあたしは女中服を着ているのだ。
女中と間違えてくれていれば問題はないはずだ。
だからあたしは内心の動揺をひた隠して振り返った。
振り返った先に黒い服を来た男性が立っていた。
服装が城の門に立っている衛兵と同じだ。
ということは衛兵か?二十代半ばくらいの黒い髪をなでつけた美丈夫だ。
なんか高貴そうな血筋っぽい雰囲気だ。
本当に衛兵か疑問はあるが、彼が何者なのかあたしに判断などつくはずもない。
まあいいや、とりあえず衛兵で。
衛兵はあたしを怪訝な視線で見下ろす。
「すまないが、三つ先の部屋の女性に飲み物と軽い軽食を持って行ってくれないか?
私は給仕係ではないと言っているのに聞かなくてな」
どうやら、あたしを女中と勘違いして話しかけてきたらしい。
バレていないことにホッとして、ついでバレないように姿勢を正して女中を演じる
「分かりました。少々お待ちくださいとお伝えください」
もちろんそんなことするつもりはないが、嘘も方便だ。
あたしは、男に軽く会釈するとその場を離れようとした。
「君、そちらは厨房ではないだろう、何処へ行くんだ?」
「え?あ、そうでしたね」
男に注意されて慌てて別の方向に足を向ける。
「そちらでもない!…君は本当に給仕か?」
しまったと思ったが遅かったらしい。
なんだか疑いの眼を向けてくる衛兵に内心汗だくで誤魔化す。
「す、すみません。方向音痴の上に最近入ったばかりで」
「そうか、まあ見かけない顔とは思ったが…。ん?なんだか君濡れていないか?」
「え?」
あ、やばい。
考えてみればずぶ濡れの服のまま歩いていた。
時間がたって表面はやや乾いてきていたが、それでもじっくり見られれば濡れていることはわかるだろう。
ずぶ濡れの新人女中。
怪しい。怪しすぎるでしょ、自分!
だがここで捕まるわけにはいかない。
目的地まであと少しなのだ。
なんとか誤魔化そうとない知恵を乏しい演技力とともに搾り出す。
「え、えっと先程まで、厨房の手伝いで水回りをしていたので」
「……厨房とは頭から水をかぶる仕事でもあるのか?」
明らかな疑惑の眼差しで見られれば、顔を伏せるしかない。
ううう、あんまり見ないでくれ。顔を覚えないで!
だって、覚えられたら後で人相書きとか出回りそうじゃないか。
やだよ?犯罪者として国中に指名手配は。
しかし衛兵の男の厳しい視線は向いたまま。どうしたらいいんだろう?
「…それにその服、…君は…」
このままでは不審者として突き出されてしまうかもと、内心泣きそうになっていると天の助けが来た。
「ちょっと、貴方何サボってるの?」
あたしと同じ服を着た知らない女性が声をかけてきた。
「この忙しいのに、呆と突っ立ってるんじゃないわよ。早くテーブル片付けて頂戴」
「は、はい!」
言われてあたしはこれ幸いとその場から指示された場所に飛んでいく。
背後で衛兵が「ちょっと」と声をかけてきているのが聞こえたが、無視だ!
テーブルに向かう途中、背後から先程あたしに指示を飛ばした女性の猫なで声が聞こえた。
「桃李将軍?あんな小娘に構わないで」
女性の言葉の内容に足を止めずに驚く。
あの衛兵、王国の守護者といわれる桃李将軍だったのか。
うわ、とんでもないのに捕まるところだったよ自分、危ない危ない!
ていうか、なんで将軍がそんな衛兵みたいな姿してんだよ!
もっとキラキラしいよくわかる服着てろよ!紛らわしい!
「…君、私はあの娘に話が…」
「嫌ですわ?あんな小娘のどこがよろしいのです?あんなのより私の方が…」
背後から聞こえる何とも艶かしいやり取り。
うむむ。助かったからあんまり言いたくはないんだけどさ。
それにしてもあの女中、将軍に色目を使いたかっただけで、声かけてきたんかい!
まあ桃李将軍が美形であることは同意するが、仕事中色目を使うなど働く職業女を目指すあたしとしては言語道断。仕事をなんだと思ってんだ!
怒鳴りつけてやりたいが、今は逃げる方が先だ。職業も命あっての物種だ。
背後に突き刺さったままの将軍の視線から逃げるように舞踏会の会場の人ごみに紛れるように突入した。




