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ACT.4 トカゲとミロ

「撃つなっっ!!」

 叫びながらも、署長はもう遅いことはわかっていた。それでも叫んだのは、たとえ反射的であれ見知らぬ少年を射抜いてしまったことへの後悔かもしれないが、それはレーザーの照射音が聞こえた瞬間だった。

「!!」

 ミロとカレンに向かったレーザーは、ミロの手前で上方に屈折して天窓を貫いた。

「なっ!?」

 そして落下してきた強化ガラスの破片を避けながら、署長がカレンとミロを見定めようとした時、「うわぁああっっ!!」と、この世の終わりのような絶叫が響き渡り、次の瞬間署長は腰を抜かしていた。

(………へ?)

 その禍々しい巨大な生物は、いつの間にか署長達の後ろに現れ、長い牙を剥き出して署長達を見下ろしていた。

(………ど……ど……)

 署長の代わりに署員の誰かが「……ドラーゴ……」と呟くと同時に、その生き物は鼓膜も破れんばかりの怒号を放った。

グオォォォォーーーッッ!!

「っっっ!!!!」

「うわあああーーっっ!?」

 署員はパニックに陥り、情けない悲鳴をあげながらその怪物に向かって勝手に銃を乱射し始めて、パトロボ達も主の行動に自動追従し、ホールはレーザーの嵐と化した。署長は第六銀河最強と言われる伝説の古代生物を呆然と見上げながら、床にぺたりと座り込んで呟いた。

「……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 オレンジ色に光るドラーゴの目が自分を見ていると思った署長は、咄嗟に本気で謝っていた。しかし急にホールが暗くなり、ミロ達が倒れている壁際の床が怪しく輝いたかと思うと、ミロとカレンは光りに包み込まれた。その瞬間を呆然と見ていた署長が(……え?)と思うと同時に、またドラーゴが吠えた。

グアァァァーーーッッ!!

「!!!」

 しかし署長は耳を塞ぎながら立ち上がり、署員に向かって一喝した。

「やめろっ!撃ち方やめっっ!!」

 署長はミロとカレンを見た時、ドラーゴの向こうの壁面に遺跡の影が写ったことに気付いていた。そしてよく見るとドラーゴは半透明であり、署長はドラーゴが実体ではないと判断した。

「幻だっ!撃つんじゃないっ!!……ほらケイ、撃つなってば!天井落ちちゃうじゃないっ!!」



 ミロはカレンに覆い被さりながら震えていた。それは署長達が見ているドラーゴをミロも見たからだが、同時にミロはカレンの鼓動を感じて少し安心した。しかし、ふとミロは署長達もレーザーも、周りの何もかもが止まっていることと、それを見ている自分自身に気付いて頭が真っ白になりかけた。

(………??)

 ものを考えている以上は自分が生きていると思ったが、ミロにはよくわからなかった。そしてカレンもまだ生きていると思ったが、周りは止まっているので、ミロはおかしいのが自分なのか周りなのかさっぱりわからなかった。しかしミロは一度ぶるっと頭を振って、とにかく今はカレンを病院へ運ぼうとカレンの身体を抱きかかえた、その時だった。

【……ミロよ……】

【っ!?】

 不意に、懐かしい声がミロの脳を直撃した。そしてそれは昨夜聞いたばかりの声であり、咄嗟にミロは辺りを見回しながら、思念で叫んだ。

【いっ、遺跡!?……えっ!?】

【……そうだ……】

【!?】

 しかし今のミロには、他にすべきことがあった。

【ごっ、ごめん!今話している場合じゃないんだ!この人病院連れて行かなきゃならないし、ドラーゴが……】

【そのドラーゴは私だ……】

【………へ?……遺跡が?……え?……な、なんで??】

 あの綺麗な波紋を見せてくれる遺跡とこの巨大なドラーゴが、ミロの中ではかみ合わなかった。ミロは混乱する頭を必死に抑えながらカレンを助けなければと思ったが、遺跡はすぐにミロの疑問に答えた。

【……私はより多き者の心を映しているだけだ……】

【……心?】

 そして遺跡はミロの心をくすぐるような、少し愉快そうな声で続けた。

【……そうだ。ここにいる者共は、私をこの様に考えていたのだろう。……ミロよ、お前はあの深い暗闇の中で……ドラーゴをどう見ていたのか、思い出してみよ】

【……どうって、ドラーゴは……基点星域のチビトカゲみたいな………あっ】

 もしもこの巨大なドラーゴがドラーゴの本当の姿であるなら、チビトカゲと言われて怒るかもしれないとミロは焦った。しかし、遺跡は愉快そうに笑って答えた。

【……フッフッフ……そうか、私がチビトカゲに見えていたのか】

【いや、でも……だって……】

【……言ったろう……映しているだけだ……お前のドラーゴは、お前が見ていた通りの代物だ……】

 小さなドラーゴと巨大なドラーゴが同じであっても、それらが同時に遺跡であることがどうしても飲み込めないミロは、それを率直に尋ねていた。

【……あの……わかんないよ……ホントに遺跡なの?】

 すると遺跡はまた愉快そうに答えた。

【……フフ、そうだ……だが今はわからずとも良い……】

【……】

 その「今」という言葉が、ミロを現実に引き戻した。周りを見てもまだ全てが止まっているような状態だったが、とにかく一刻も早くカレンの手当をするために、ミロが遺跡に別れを告げようと思った時だった。遺跡はミロに優しく語りかけた。

【……ミロよ、お前に沢山のものをもらった礼に、お前が今望むモノを授けよう……】

 ミロがドラーゴにあげたものは、星の形をした故郷の石、基点星域の小さな赤い珊瑚の欠片、エルの瞳と同じ色の赤いガラス玉など、子供でも欲しがらないようなガラクタだった。しかしどれもミロにとって大切な宝物であり、はじめの内ミロは後で返してもらうつもりで、それらをドラーゴに貸していた。ところが会う度に消えていて、残念ながらもそれがとても不思議だと思っていたミロは、やはり会う度に何かをあげていた。しかし今はただ、早くカレンの手当てがしたかった。

【いっ、いいよ!俺は何も………わっ!?】とミロが断った瞬間、腕の中のカレンが震え出した。そしてレーザーに打ち抜かれたカレンの胸の穴が見る間に塞がり、衣服や髪さえも再生し、血痕も消えてしまった。

【………凄い…】

 驚きながらも、ミロはすっかり元通りになったカレンを見て深い安堵の吐息をついて、遺跡に礼を言おうとした。しかし、遺跡は続けた。

【……もう一つ、私の身体を授けよう】

「………へ?」

 あまりのことに思考を奪われ、ミロは思わず声を発していた。しかし、猶も遺跡は続けた。

【……お前が幾度も美しいと言った、私の身体は「タレス」という。……お前が望めば如何なものにもなろう】

 ようやく思考を取り戻したミロは、遺跡の言葉を頭で反芻しながら慌てて断った。

「いや、あの……ダメっ!そんな、遺跡はもらえないよっ!」

 しかし、遺跡は愉快そうに答えた。

【フフフ……あれは……私は既に、お前のものなのだ……】

 たとえ遺跡本人の言葉であれ、ミロにとって遺跡は私物化するものではないので、ミロは切に断り続けた。

「こ、この人を治してくれてありがとう!それでもうっ、これだけでもういいですっ!これ以上何もいらないから!」

 しかし、遺跡はお構いなしに続けた。

【……欲しくば、ただ「タレス」と言うがよい】

「いやだから!欲しくないから!」

【……フフ、もう私は消える……幸い私を継ぐ者もこうして現れた……】

「!?」

 突然ミロの胸に強い別れの意思が流れ込み、同時に遺跡の気配が急速に薄らいだ。

「ちょっと!そんな勝手に消えないでっ!待って!!」

【……ミロよ……お前の願いは、お前が強く望む限り……叶う……】

「待っ……っ!?」

 遺跡の意識が完全に途絶えた直後、止まっていたミロの周りが一斉に動きだし、ミロは咄嗟に身を竦めた。そして署長の怒鳴り声が響き渡った。

「……ほらケイっ、撃つなってば!天井落ちちゃうじゃないっ!!」

「!?」

 ミロは反射的に天井を見上げたが、その時一瞬にしてドラーゴの姿が消えた。そして、「あーっ!!」という女性の声に驚いたミロが声の方へ目を向けると、署長とケイがミロを指さして口をぽかんと開けていた。ドラーゴの幻と光りが消えたと同時に現れたミロを見て、署長は驚きのあまりすぐに言葉が出なかった。

「……な……え?」

「……いや、あの……」とミロも答えあぐねていると、頭上からガコッという音がして、全員が一斉に天井を見上げた。

「おわっ!?」

「ヤバッ!?ケイ!逃げて逃げて!!」

「きゃーーっっ!」

 ガラガラッ、ドーンッ!!と、天井の一部が崩落した。ミロはカレンを壁の方へ向けて庇ったが、幸いにも天井はミロと署長達の間に落下した。そしてこの時ミロは、改めてカレンをどうしようかと思っていた。気を失っている今の内に引き渡しても良かったが、もしすぐに目覚めて、またあの惨劇が繰り返されるのは避けたかった。そこでふとミロは、「逃げて」という署長の言葉通りにするのも悪くないと考えた。

(でも逃げるって……どうやって……)

 不思議なことにその考えに迷いはなく、むしろミロは自分が逃げ道を探しているのがなんだか愉快だった。そしてその時、腕の中の眠り姫が目覚めた。

「ん……朝か?……」

「フフ……朝じゃないけど、おはよう」

「……あ?」

 眠り姫は手の甲で目を擦ってミロを見上げ、そして自分がミロに抱えられていることを知った。

「ニャんっっ!?……おっ、降ろせっ!どこ触ってんだ早く降ろせ今すぐ降ろせーっっ!!」

 意外にもカレンは暴れず、ミロの腕の中で身を竦めてきつく目を閉じながら叫ぶだけだった。ミロはその反応に戸惑いつつ、苦笑しながら答えた。

「いや重いし、降ろすけどさ……ここどこだかわかってる?」

「?……ゲッ!?」

 カレンが恐る恐る目を開けると、幾つもの銃口がこちらに向けられていた。

「う……動くなっ!」

 ミロもカレンも特に動いていないが、署長は無意識にそう叫んでいた。まだミロが生きていることに驚いたまま天井が落ちてきて、慌てて逃げたら今度は元気なカレンの声が聞こえてきて、署長はもう走って家に帰りたいと思うほど頭が混乱しかけた。しかし話し合う二人を見た瞬間、その混乱の大部分は大きな安堵に押し流され、代わりに安堵交じりの奇妙な怒りが胸に込み上げてきて、署長は左腰の銃を構えて言った。

「……なんで生きてんのか知んないけど、ほんっっとに往生際の悪い狼ねっ!おとなしくお縄につきなさいっ!……あとお前っ!その狼を早く降ろしなさいっ!」

 カレンはミロに抱かれたまま、猛然と言い返した。

「狼じゃねぇっ!ぶっ殺すぞこん腐れアマっっ!」

 しかしこれ以上同じことを繰り返したくないミロは、息を吸い込んでから心で叫んだ。

【それより逃げるんだろっ!?どうやって逃げるのさっ!?】

「!?」

 驚いたカレンは我に返って何故か素直に「船」と答えようとしたが、「よしっ」と呟いたミロを見て戸惑った。目の前の男はさっきとはまるで違う覇気のある目をしていて、その気迫がカレンの胸に響いてきたからだが、そう言えばこの男はテレパスだったとカレンが思い出した時、ミロはありったけの願いを込めて声を張った。

「タレスッ!」

「……?」

 一瞬の静寂の後、気でも狂れたのかと全員が思った時だった。

ゴゴゴゴッッ!

「!?……ちょっ、地震っ!?」

「キャアーーっ!!」

 激しい震動と同時に床が割れて、割れ目から大量の水が吹き出した。

「いっ!?」

 その水は驚く暇さえ与えず署員達をなぎ倒し、ミロとカレンの目の前で竜巻状の水柱になり、カレンはミロに爪を立ててしがみつきながら叫んだ。

「みっ……みずぅーーーっ!?」

 理由はさておき、水はカレンにとって最も苦手な物質だった。カレンは手を洗う時でさえ水は使わず、水を飲む時は必ずストローを使うほど、とにかく水が身体に触れるのが生理的に嫌いだった。しかし、ミロの強烈な意思がカレンの胸を直撃した。

【船ってどんな船さ!?】

「っっ!?まっ、またてめぇかよっ!?船より水だろっ!!水が見えねぇのかよっ!!」

 あまりに強い問い掛けに、カレンは反射的に言い返していた。しかし、ミロは容赦ない思念で問い詰めた。

【水はいいから、早くどんな船かイメージして!俺は船ってよく知らないんだ!!】

 もはやカレンは水に気を取られ、聞かれるがまま答えながら迫り来る水の恐怖と戦うしかなかった。

「ああもうっ!シンプルで速い奴だよ!!……つーかオイッ!水が回ってんだよっ!!どーにかしろよっ!!早く逃げてくれよっっ!!」

 しかし、【……見えた】というミロの思念が聞こえた瞬間、バシュッ!!という音と共に、あらゆる方向から更なる水が矢のように飛び込んできた。

「うニ゛ャーーッッ!!!」

 そして水柱は巨大な竜巻と化して天井を突き破り、およそ二〇メートルの高さまで昇った。

「………」

 かろうじて水から逃れた者達が呆気にとられる中、カレンはその水柱を震えながら見上げつつ、この現実を否定しようとした。

【……これは水じゃない……これは夢で……アタイは今寝てる……】

 しかし、ミロはそれを許してくれなかった。

【ダメだっ!もっとちゃんとイメージしないと船にならないぞっ!!】

【……なに言って……】という思いを最後に、努力の甲斐があったのかカレンは意識を失った。しかし気を失う寸前、カレンの鮮明なイメージがミロの頭に飛び込んできた。

(……それでいいの?……いっか!!)と思うなり、ミロはもう一度叫んだ。

「タレス!」

ゴオオォォォッッッ!!

 瞬間的に激しく回転した後、水柱は特徴ある形状に変化していた。そしてミロを含め、それを見た全員が同じことを思った。

(………瓶?)

 それは誰が見ても半透明な黒っぽい瓶であり、直径約五〜六メートル、全長約十五メートルはあろう巨大な瓶が逆さに浮かんでいる様は、なんとも不安定な印象だった。



つづく

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