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ACT.3 声

「あっ!それ遺跡っ!」

「ほあっと!」

 生物館の館長から怒鳴られた署長は、てっきりスツールと思って腰掛けた石から慌てて腰を上げ、額に青筋を立てつつ愛想良く謝罪した。

「ハハッ、ごめんなさい!」

「……気を付けてくださいよ!……あれも、あっちのも遺跡なんですから!」

(ならこんな通路に如何にも「座ってくれ」って感じで置いとくんじゃないわよっ!)と思いつつ、署長は深い溜息をついて項垂れた。

 カレンが署の管轄内にある生物館に逃げ込んだという報告を受けた時、署長は目眩がした。生物館は貴重な遺跡でもあり、更に中には希少生物がわんさかいるので、カレンは実に厄介な場所に逃げ込んでいた。直ちに生物館に避難命令を出したが、時既に遅く間抜けなパトロボが生物館の遺跡に無数の風穴を明けまくっていて、生物館の館長は素直に避難命令を聞くどころか、「攻撃を止めさせろっ」と怒り狂っていた。

 そして現在、生物館の中央ホールに駆けつけた署長はとりあえず館長をなだめつつ、入り口以外の全てのドアと窓をロックするよう依頼したところだった。幸い平日の午前中で入館者は数人であり、パトロボの破壊活動を見た時点で全員勝手に逃げてくれていたので、今のところ被害は遺跡の穴だけだった。署長は自分の前に佇む五人の無能な署員達にうんざりした顔を向け、溜息混じりに小声で言った。

「はぁ……私さ……パトロボに任せるなって、ちゃんと言ったよね?……」

「………は」

「……こーなったらカレン捕らえないと、減俸じゃ済まないからね?いいわね?」

「はっ!」

 貴重な遺跡と無能な部下と珍妙な生物達に囲まれながら、いくら叱りつけてもけして悪怯れることのないパトロボ共をぼんやり眺めつつ、さてどうしたものかと途方に暮れかけた時だった。

「……セーンパイッ!」

「うわっ!?」

 突然署長は後ろから抱きつかれたが、そんなことをする人物は一人しか心当たりがないので、落ち着き払ってその人物に言った。

「……ケイ、勤務中よ。離れなさい」

 しかしケイと呼ばれた長髪で童顔の女性警官は、署長から離れた後、署長の顔を覗き込んで尋ねた。

「怒ってるの?……怒ると皺が増えちゃうって、昔お婆ちゃん言ってたよ?」

 途端に署員達が吹き出し、署長は眉間に皺を寄せて猛然と署員達を睨めつけた。そして腰に手を当てながら、ケイという親友でもあり妹みたいな存在でもある部下に向かって厳とした声で言った。

「……今は、勤務中!おちゃらけは……」

 しかし、その時ケイの向こうに見えた天窓の格子の影が動いたのを、署長は見逃さなかった。

「上よっ!」

「!?」

 一斉に天井を見上げた全員の目に空中に浮かぶバケツが映り、全員が(……え?)と呆気にとらた瞬間だった。

ドドドッッ!

「う゛っ!?」

「っ!?」

 バケツが目眩ましであると署長が気付いた時には、ケイと署長の前にいた三名の署員が短い唸り声を上げて床に沈んだ。そして耳障りな音を立てながらバケツが床に落ちると同時に署長は「防御っ!!」と叫んで左腰の銃に手を掛けたが、敵はケイと署長に向かってもう一人の署員の背中を勢いよく蹴りつけた。

「ぐあっ!?」

「きゃあっ!?」

 しかし署員にぶつかったのはケイだけで、署長はどうにかそれを避けた。そして既に遺跡の影に向かって走る敵に向けて引き金を引いた。

ドシュッドシュッ!ドシュッドシュッドシュッドシュッ!

 しかし、丁度その時戻ってきた館長が悲鳴を上げた。

「……ああっ!?いっ、遺跡がっ!」

「ゴム弾だから大丈夫よっ!下がってなさいっ!」

 ところがたとえゴム弾であれ、カレンが飛び込んだ物陰を正確に四発も撃てば話しは別だった。

メキッ……メキッ…ミシミシッ……

「……え?……ちょ……ケイっっ!逃げてっ!」と署長はまだ倒れているケイに向かって叫んだが、その声は「あーーっ!あーーっ!」と騒ぐ館長の声で掻き消され、ケイは「……はえ?」ときょとんとしながら館長と署長を見比べた。

「もうっっ!!」

「ふわっ!?」

 署長はケイの胸ぐらとその横で伸びている署員の襟首を掴み、渾身の力で引き摺った。

ドドォォォォッ!

 凄まじい音と振動を轟かせ、高さ六メートルの巨大な石像が倒れた。幸い署長達とは反対側に転がったので、署長達は床の細かい破片を少し被っただけで済んだが、署長が安堵の吐息をついた直後、館長がまた悲鳴を上げた。

「……なっ……なんてことを……修復にいったいどれ程金が掛かると思ってるんだっ!?」

(知るかっ!こんなボロ遺跡修復しなくたっていいわよっっ!)と思いつつも、署長はカレンの姿を追っていた。すると署長の後方から盛大なくしゃみが一発、ホールに響いた。

「ひっっくしゅんっ!」

「!?」

 全員が振り返ると、そこには埃にまみれたカレンが立っていた。カレンは「ぺっ!ぺっ!」と唾を吐いてから、署長を睨めつけて怒鳴った。

「……この腐れアマっっ!アタイを殺す気かっ!?」

(……腐れアマ?)と署長が顔を引きつらせながら何か言い返そうと思っている内に、カレンはまた物陰に隠れてしまった。しかし倒れた石像によって入り口が完全に塞がれていたので、とりあえず今すぐ逃げられる心配は無いと考え、署長はゆっくり立ち上がって言った。

「あー……ロボ起動。カレンを包囲」

 攻撃を禁じられ立ち尽くしていたパトロボ達は、一斉にカレンが隠れている大きな遺跡を取り囲んだ。署長はここでパトロボをけしかけて燻り出そうかと思ったが、判断力が遅いパトロボが至近距離でカレンに敵うはずもなく、何よりこれ以上の損害は避けたいこともあり、懐柔策に乗り出した。

「……あー……一匹狼・女海賊カレンに告ぐ。もー逃げられないわよ?それとも、みんな殺して逃げる自信ある?」

「……」

 カレンは答えず、署長は続けた。

「……あのね、あんたには殺傷許可出てるの。でも、おとなしく投降してくれたら、命は助けてあげるわ」

 するとカレンは今度は猛然と捲し立てた。

「……嘘付くんじゃねーよっ!出てったら撃つくせによっ!それにその一匹狼っての止めれってんだっ!アタイは虎だっつの!バーーーカっ!」

「バッ……」

 署長は目を見開き、そのままケイに顔を向けたが、さも愉快そうに含み笑いをしているケイを見た瞬間、署長の中の何かが切れた。

「あー……一匹狼・カレンに警告する。三〇秒以内に投降しなきゃ一斉ショットするわね」

 途端に館長が「ちょっとっ!これ以上……」と言い掛けたが、館長は署長の形相を見て黙ってしまった。

(……マジかよっ!?)

 自分に殺傷許可が出ている事は先刻承知だが、カレンは署長の言葉が冗談には聞こえなかった。そしてカレンが(奥へ逃げるか?……袋の鼠になるのがオチか?)と迷った時だった。

「冗談だろっ!?ここを何処だと思ってるんだっ!」

「!?」

 カレンの二〇メートル程後方で、ミロが声を張り上げた。地下から上がってきたミロはカレンが最後に毒づいた時から聞いていたが、カレンも署長もどちらも本気で話していることを一瞬で悟り、一斉ショットなどされたら逃げ場のない周りの生物達はひとたまりもないと思った瞬間、ミロは叫んでいた。しかし突然現れたミロの存在は、カレンにとって突破口だった。

(まだ人がいたのか!)と思うや否や、カレンはミロの目の前に猛然と迫っていたが、カレンの接近に驚いたミロの腕をカレンが掴みかけた時だった。

【誰っ!?】

「っっっ!!」

 それはカレンの心に直接響く、ミロの心の声だった。焦ったカレンは腕を掴み損ね、勢い余ってミロを通り越し、もんどりを打って床にしたたか背中を打ちつけた。唐突な展開に唖然としながらも、署長はこの好機を逃してなるものかと思ったが、あろうことかミロは転んだカレンに駆け寄った。カレンは背中をさすりながら、ミロよりも署長に向かって言い放った。

「腐れアマっっ!テレパスまで呼びやがったのかっ!?」

 しかしすぐに、【大丈夫!?】という心から心配する声がカレンの心にぶつかってきて、カレンは頭を振って叫んだ。

「大丈夫だよっ!」

「!?」

 自分の思念に生まれてはじめて直に答えられたミロは、状況を忘れて尋ねていた。

「……聞こえるの?」

「……あ゛?」と苛立たしげにカレンが答えた時だった。

「!?」

 たった今自分が上がってきた階段からひょっこり出た顔を見て、ミロは思わず叫んでしまった。

「来ちゃダメだっ!」

(……え?)と少女が思った時には、少女は既にカレンの腕の中にいた。そのあまりの素速さに、ミロも署長も言葉を失っていると、カレンは呆然とする少女を左手で背後から抱きかかえ、右手を少女の顔の横で開き、不敵な笑みを浮かべて言った。

「さあ……ご覧あれ……」

 そしてカレンが右手をくねらせると、次の瞬間右手には、刃渡り一〇センチほどの不気味に光る内反りのナイフが握られていた。

「おーっすごーい!」とケイが拍手をしたが、署長は敢えてそれを無視してカレンを睨めつけたまま言った。

「へぇ!……さすがは一匹狼……見事な手際ね!」

 カレンはにやりと口元を歪めて答えた。

「はっ!狸ばばぁが良く言うぜ……アタイは船が欲しいだけだ。三分以内にこの博物館にある船を用意しろ!宇宙そと用のスクーターでもいい!………三分超えたら、このお嬢ちゃんのおめめを抉る……四分超えたら、そのあんちゃんの……」と言い掛けたところで、カレンの言葉は我に返った少女の、「まあっ!?」という可愛らし驚きの声に遮られた。呆気にとられた面々を余所に、少女は慌てながらカレンに言った。

「なっ、なんてことを!?早く刃物をしまいさいなっ!お早くっ!!」

 しかし、そう言いながらも腕の中で暴れようともしない少女に違和感を覚えながら、カレンは怪訝そうに尋ねた。

「……お、お前自分の立場わかってんのか?おとなしく…」

「いいからお早くっ!でないとガーディアンがっ……あっ!」と少女が叫んだ時には、既にカレンのナイフが赤く輝きどろどろと溶け始めていた。

「おわっっ!?熱ぃっ!!」

「キャッ!?」

 カレンはたまらずナイフを放り投げたが、その拍子にカレンの片方の髪が解け、髪の間から大きな三角形の物体がぴょこっと飛び出した。

(……耳?)と全員が思ったが、署長は左手でパトロボに合図を送りながら言った。

「……やっぱり狼じゃない!」

「うっせーっ!アタイは虎だっ!!」

 しかし、少女がカレンを睨めつけながら、「だからしまいなさいって言ったのにっ!もうワタクシは知りませんワっ!」とそっぽを向いた時だった。

「!!!」

 突如として目の前に現れた金と銀の球体に驚いたカレンは、咄嗟に四メートル後方の壁際まで一気に飛び退いた。

「キャッ!」

「なっ、なんだよこの目ん玉!?」

 それは少女がこの生物館へ入る前に生物館の外の樹木に隠れさせたガーディアンだったが、それを説明する代わりに少女は解決策を提案した。

「……は、早くワタクシを降ろして、すぐに謝りなさいませっ!」

「あ、あや……おわぁぁっ!?」

 球体の目の色が俄に変化して、それが恐ろしかったカレンは慌てて少女を球体の方へ放り投げた。

「キャアッッ!?」

 しかし球体の触覚から放たれた無数の光る糸が、少女をそっと受け止めた。そして球体は瞬く間に少女を光る糸で繭化していった。

(……な……なんなの?これ……)

 信じがたい光景に署長は思考を奪われかけたが、ぶるっと頭を振って意識をカレンに無理矢理戻した。カレンは自ら壁際で孤立してくれたが、ネット弾が使える距離ではなく、人質までとった以上もはや何をするかわからないし、ぐずぐずしていたらまた逃げられちゃうし、遺跡なんてもうどーだっていいけど、でもこの丸いのはちょっと怖いし、これ以上考えたら頭がパンクしちゃうわよっっ!と署長が叫びたくなった時、今までおとなしくしてくれていたケイが、思わぬ言葉で署長の背中を押した。

「……わかったっ!!センパイッ、その子ってほらっ!捜索願い出てる子!リンダ嬢っ!!」

(……ってことはガーディアンかっ!っていうかそー言ってたじゃないっっ!)

「頭は外せっ!構えっ!!」

「っ!?」

 カレンが号令に反応した瞬間、署長とミロが同時に叫んだ。

「撃てぇっ!!」

「待てっっ!!」



 幾筋ものレーザーがカレンの胸から下を貫通して、遺跡の壁までも貫通した。カレンの足や背中から赤い糸のような血が無数に飛び散り、床に赤い斑点を描いた。カレンが崩れ落ちる姿を瞬きせずに見ていたミロは叫んだ。

「……撃つことないだろうっっ!!!」

 その瞬間、生物館全体を震わす地鳴りが轟いた。

ゴォォォォォォッ!

「っ!?……なに?」

 そして今まで静まり返っていた生物達が、一斉に唸り声を上げ始めた。

ゴァァァァァァッッ!!

(う、うるさいっ!!いったいどうしちゃったのよ!?)と署長が耳を塞いだ時、血まみれのカレンが蠢いた。

(……まだ動けるの?)

「がっ!……がはっっ!……このぉ……」

 カレンは口から大量の血を吐き出し、がくがくと震えながら片膝をついて立ち上がった。そして目を見開き署長を睨めつけながら両手首を回した瞬間、カレンの指の間には八本のナイフがあった。

「!?」

 その凄まじい形相と執念に、純粋な恐怖を覚えた署長は咄嗟に右腰の銃を構え、カレンの眉間を狙った。しかし、引き金を引くことはできなかった。

「………どきなさいっ!」

「……」

 署長が銃に手を掛けた時、ミロは迷わず署長とカレンの間に歩み出ていた。ミロはカレンに近寄り、五本のナイフを握るカレンの左腕に触れながら、怒りに燃えるカレンの目を真っ直ぐ見つめた。

「どきなさいっっ!!聞こえないのかっ!?」

 ミロには聞こえていた。

【痛い……苦しいよ……】

 ミロには、子供のように震えるカレンの心の声がずっと聞こえていた。しかしミロは、もはやどうすることもできないことを知っていた。

【アタイ……死ぬの?……今死ぬの?……】

【……大丈夫……死なないよ】

【こんなに……苦しいのに?……じゃ……後で死ぬの?】

【だから、死なないって】

「ガハァッッ!?」

「!?」

 突然カレンは血を吐き散らし、ミロの手を振り解いて左手のナイフを署長に猛然と投げつけた。ナイフは幾体かのパトロボに突き刺さり、署長の髪を掠すめた。そして署長は反射的に引き金を引き、レーザーはミロの首筋を貫通して、一拍おいてパトロボ達が応戦モードに切り替わった。

 それでもミロは咄嗟にカレンの身体を庇い、薄れ行く意識の中で(……もういいや)と思った。カレンが撃たれた時、壁の向こうにいた大勢の生物達も撃たれ、これはそれを救えなかった自分への報いだと思った。せめてもの救いは、ブロンドの少女がどうやら無事であるということだが………いったいなんでこんな事になったのだろう?全てがあまりに急で、何をどうすればよかったのだろう?………いや、考えたって……もう……。

(………約束……ごめん……エル………あ……できたら……変わりに……ドラーゴ……)

「撃つなっっ!!」

 その署長の絶叫は、遠くから聞こえてくるようだった。



つづく

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