ACT.2 女海賊カレン
「だーかーらぁ……違ーーっつってんだろっっ! !」
ハスキーな恫喝が八〇八タウン十八番街警察署にこだました。どうにか砂漠を抜けた彼女は、タウンに入ったところで力尽き、高いびきで寝ているところを巡回中のパトロールロボットに保護されてしまった。そして彼女は不信人物として取り調べを受けているわけだが………頬に掛かった彼女の唾を手の甲で拭いつつ、長い足をゆっくり組み替えながら、下着が見えるほどのミニスカートを履いた、基点年齢で二〇代後半の女性は深い溜息を洩らしながら思った。
(……なんで私がこんな小娘相手しなくちゃ……まあ面白いからいいんだけどさ……っていうか、なんで誰もいないの?……どーせみんなサボってんだろーけど……)
八〇八タウンには空港を基点として放射状に三〇程の自治区があり、各区に二〜三〇の街があって、その中でも十八番街は特に治安のよい小さな街だった。それ故人間が常駐している警察署は一カ所しかなく、いつもパトロールロボットが何となく巡回パトロールをしているだけという、実にのどかな街だった。
その十八番街警察署長である女性は、丁度その時署に誰もいなかったがために署長自ら取り調べをしていたわけだが、パトロボが連れてきた小娘が久しぶりにあー言えばこー言うタイプの面白い娘だったので、退屈凌ぎにからかっていた。
「……まあまあ!粋がりたい気持ちって誰にでもあるわよね!それってわかる!すっごいわかる!……私も昔さ……お婆ちゃんの年金盗んでよく遊んでたし……だからさっさと住所と年齢、電話番号と職業を教えてちょうだい。ね?……ゲノムデータは守ってあげるから!」
彼女は一度身を引き、眉を顰めながらまじまじと署長を見つめた。しかし負けてなるものかと声を張った。
「……てめぇと一緒にすんじゃねぇっ!つーか……だからこんなクソ田舎星に住んでねぇし、元々海賊に住所なんかねぇし!……さっきからご当人だって言ってんだろっ」
署長は腕を組み、満足そうに頷きながら優しく言った。
「うん、うん!……貴女だけじゃないのよ?最近多いの。俺は宇宙海賊キャプテン・ロックだーっとか、私はスペースバイキング・キャッサリーンズとか……貴女の言うことが、全部嘘だって言ってるじゃないんだけど、でも貴女が一匹狼・女海賊カレンだなんて信じろって言われても、そーゆー免許証があるわけじゃないでしょ?」
彼女は目を見開き、牙を剥きだし、頬を真っ赤に染めながら猛然と言い放った。
「だからその一匹狼っての止めれっっ!ダセぇしムカツクしっ!アタイは犬っころじゃねぇっ!虎だっつってんだろっ!!」
しかし、署長はにっこり微笑んで答えた。
「うん!いいから、住所言いなさいって!ね?何番街なの?ハーレムでも恥ずかしがらなくていいの!私だって昔ハーレムの近くに住んでたんだから!」
(……ダメだこりゃ)
実のところ、手足を電磁錠で縛られてはいるが、彼女の力ならいつでもこの警察署から逃れることはできた。それでもそうしなかったのは、この「一匹狼」という言葉を訂正させたかったからに他ならなかったが、しかし、それももう限界を超えた。
(こーゆー、人の話なんも聞かねぇ女にゃ、結局なに言ってもダメだ。そうと決まりゃ……)
これ以上留まる理由はないと結論付けるや否や、彼女は電磁錠をいとも簡単に引きちぎり、にっこりと微笑んで言った。
「一匹狼でもなんでも好きなように呼んでくれ。飯は美味かった、ありがとよ。じゃぁな」
そして唖然としている署長を後目に、署を出ようとした時だった。
『先輩っ!じゃなくて署長!彼女本物です!パーフェクトクローンの可能性もあるけど、ゲノムデータ合致しました!ド本人で、本部から殺傷許可もでましたぁーっ!』
甲高い無線の声が終わると同時に、署長は腰の銃を握っていた。しかし、既に目の前にいるはずの彼女の姿は忽然と消えていた。
(くっ!でっかい魚だったのにぃっ!!)と思いながら、署長はマイクのスイッチを緊急モードに切り換えて叫んだ。
「緊急警備っっ!五番から二五番街を完全封鎖!パトロボに任せないで各ブロックの責任者が自分で当たれっ!十八番街パトロール中の全署員に告ぐっ!「女海賊カレン」が現在十八番街を逃走中だっ!殺傷許可が出ているが見つけ次第捕縛しろっ!以上っ!!」
途端に十八番街のそこかしこでサイレンが鳴り響いた。
「いいこと?……折角お忍びでこんな辺境の星にやってきましたのに、あなた達がいたら、バレちゃうでしょう?」
少女はおそらく隠れているつもりだろうが、その美しいブロンドお下げの輝きは否応なしに人目をひいていた。基点年齢で十二〜三歳ほどの少女は人さし指を立てながら、幼い子に言い聞かせるように言った。
「こういう公共の建物の中にいる人達はね、SPと同じなの。だからあなた達がここに隠れてさえいれば、ワタクシはこの博物館で、一人でゆったりといろんなものを見て回れるの。……わかって?」
彼女が話し掛けていたのは、浮遊する金属製の二つの球体だった。大きさは直径三〇センチ程度、見ようによっては少々不気味とも思える、おそらくは目に当たる部分であろう大きなレンズを一つずつ、またそれぞれ五本の棒状の突起物が付いていた。それらは少女の言葉を理解したのか、音もなく浮かび上がり、すぐ傍の木の枝の間に身を隠した。
「そうそう!そこにいてね!……いいこと?ワタクシが帰ってくるまで、勝手に何処かへ行ってはダメよ?」と微笑みながら、少女は早速館内へ向かった。
(……どうしたんだろう?……今日はよく聞こえないな……)
ミロにとって今日の生物館は妙に静かだった。希少生物はそれぞれ食事の時間がまちまちだが、いつもならこの時間……お昼の時間は生物達の空腹を訴える声がそこかしこからミロの脳に届くはずだった。
(……昨日の疲れが残ってんのかな?……あんまりやりたくないけど、仕方がないか)
疲れのせいにしても仕事にはならないので、今日はいつも以上に精神を集中していることにした。もっとも、それでも昨夜のテレパスよりはだいぶ楽だったが、ミロが集中し始めて無防備な精神状態となった時、まるで耳元で話されたような大声がミロの耳を貫いた。
「あの、失礼しますけど……ここって博物館じゃありませんの?」
「おわっっ!?」
ミロは思わず耳を手で覆い、声の主から離れながら言った。
「いっ、いきなり大声出さないでください!」
少女はムッと眉間に皺を寄せて抗議した。
「……失礼ですワね、ワタクシは大声なんて出してませんワ!」
「え……あ!……ご、ごめんね!感度上げてたから……」
ミロは頭を掻きながら、ばつが悪そうな笑みを浮かべて言った。
「その……入口にちゃんと生物館って書いてなかった?」
「……」
すぐに謝ったミロの態度をから、ミロが横柄な人間ではないと判断した少女は、一度ミロを軽く睨めつけてから言った。
「おかしいですワね……この地図にはほら、ちゃーんと博物館って載ってますワよ?」
どうせ読めやしないだろうと冷やかしを込めながら、少女はひらひらと地図を振った。しかしミロは地図を掴み、一瞥してすぐに答えた。
「どれ?……あ、ホントだね……でもこの地図どこの?すごい古いハードマップだね」
「……あらそぉなの?……でもあなた、その字が読めるなんて博学ですワね」
照れているのかどうかよく分からない表情で、ミロは少女に答えた。
「え?……ああ、自分はこれでも学者だから、このくらいは」
「……学者さんですの?でしたら、誰よりもここについてお詳しいですワね……うーん、決めましたワ!あなたに案内していただくことにします!」
「いや、決めたって………まあ、いいけど……」
少女の言葉ははじめからかなり一方的だったが、ミロはこの少女はきっとどこぞの要人の令嬢であろうと考え、咄嗟に案内を承諾した。少女は上機嫌な笑みを浮かべて言った。
「よろしいワ!じゃあ、そうですワね……まず奥から見学いたしましょう、奥から!」
「ちゃんとコースというものが………はい、わかりました、わかりましたよ」
少女に睨まれたということもあったが、生物館の経営は厳しいもので、ここで要人からの苦情でもあった日には来年度予算が激減しかねないと思ったミロは、案内が終わるまで全てこの少女の言いなりになることを決意し、まず一般公開されている地下一階から案内することにした。
「じゃあ、行こっか」
「っ!?」
ミロが突然少女の右手を取ったので、少女は驚き咄嗟にその手を振り解こうとしたが、何故かできなかった。ミロは少女が動こうとしないので、怪訝そうに尋ねた。
「……どうしたの?」
「な、なんでもありませんワ!……とっとと参りましょ!」と少女は頬を染め、照れを隠すかのように自らミロの手を引いて歩き出した。
「はぁ……カレン様ともあろうアタイが、とんだドジ踏んだもんだ……」
額を流れ落ちる汗を拭おうともせず、カレンはそっと独り言ちた。既に包囲網は完成しつつあり、空港への逃げ道は完全に塞がれ、カレンは数人の署員とパトロボ共に囲まれていた。
(じじいに拾ってもらえねぇんじゃ……どっかで船かっぱらうしかねぇな………)
電波妨害を受けているのか、さっきから何度コールしても返信がなかった。しかし、ふとカレンは自分が大きな建物の敷地内にいることに気付いた。
(あん?……ここって……あの博物館か!……ラッキー!さっすがアタイじゃん!博物館ならスクーターぐらいあるだろ!……ついでに金目のモンでもいただいて、一石二鳥と行っか!)と思った時だった。
シュッッ!
「おわっとっ!」
気を抜いて立ち上がったカレンの頭上をイオンレーザーが掠め、カレンは慌てて地面に平伏した。
(あぶっっ!)
普段ポリスが所持しているレーザーガンは威嚇用であり、腕や足を一〜二発貫通されてもどうと言うことはなかったが、頭を撃たれたら話しは別だった。
(くぅ……情けねぇカッコ……これもぜーんぶクソジジがわりぃんだっっ!!)と半泣きしつつ、カレンは地面を這いずりながら生物館の方へ向かった。
(……どうしたんだろ?……まあ、何かあったらみんなの方から言ってくると思うけど)
やはり今日に限って生物達はおとなしかった。いや、おとなしいと言うよりも、沈黙しているという風にミロには感じられた。
「ねえ?……ここにはドラーゴがいるって聞いたんですけど、本当ですの?」
「えっ……た、単なる噂だよ、誰から聞いたの?」
唐突な質問にミロは慌てたが、一般公開されていないドラーゴの存在は当然非公開情報であり、冷や汗をかきながら誤魔化した。しかし伝説の古代生物を一目見たいと思っていた少女は、残念そうに呟いた。
「なぁんだ、やっぱり噂ですワね。……ドラーゴなんているわけありませんワよね……」
ミロは少女にドラーゴの姿を見せてあげたいと思いながらも、まずは生物館に関する妙な噂を払拭しようとした。
「そうだよ……悪魔がいるなんて悪い噂がなければ、ここももっと流行ると思うんだけどね」
しかし次の少女の言葉は、ミロがここへ勤めてからはじめて聞いた言葉だった。
「あら……ワタクシが聞いたのは悪魔じゃありませんワよ?……ドラーゴは天使のような美しい生物だって聞きましたワ……」
そして少女はミロの手を離し、少し悲しげな目を窓の外に向けた。人間にはあまり効果がないのでいつもならしないことだが、少女の悲しげな瞳が気になったミロは、テレパスの感度を少しだけ上げてみた。するとほんの微かに少女の切ない想いが伝わり、その想いはミロにも経験のあるものだったが、はっきりとはわからなかった。しかしふと少女の意識は変化し、ミロは現実に意識を戻した。少女はきょろきょろしながら少し不安そうな声で尋ねた。
「……何かしら?……サイレンが聞こえませんこと?」
ミロが耳を澄ますと、確かに微かなサイレンが聞こえた。
「……本当だ……あれ、止まった……何かあったのかな?」
サイレンが止まったので、少女は安心して元気な声で尋ねた。
「……さぁ!次は何処を案内していただけますの?」
少女の元気さにつられたミロも、元気な声で答えた。
「……じゃあ、ここは希少生物館だから、今度は稀少な異星生物を見よう!」
しかし少女は俄に目を丸くして驚いた。
「えっ!?……エイリアンを見ますの?」
「フフッ!もう見てるよ。俺だってこの星の人にとってはエイリアンだし」
少女はまじまじとミロの目を見て、怪訝そうに言った。
「……でも、あなたはエイリアンには見えませんワ」
少女の言葉にピンと来たミロは、はじめて少女を見た時に思ったことを口にした。
「……君はもしかしたら、基点星系の人?」
「あら、わかって?やっぱりこの髪のせいかしら」と少女が自慢げにブロンドのお下げ髪を手の甲で跳ね上げると、光がこぼれ落ちるように髪がきらめいた。しかし、ミロはまるで興味なさげに苦笑して言った。
「ううん……基点星系じゃ異星人と接触する機会がないから、異星人に対して……怖がるって聞いたことがあるから」
すると少女は途端にミロを睨めつけ、真面目な口調で言った。
「………聞いただけで、そんなことを仰るのは失礼じゃありませんこと?」
確かにその通りなので、ミロは素直に自分の偏見を認めた。
「ごめんごめん!……ただ、ここは昔どこかの星にあった「動物園」とは違うってことを言いたかっただけ……」
その「動物園」を少女は本で読んで知っていたが、ミロが言いたかったことはよくわからないので、自分が感じた疑問だけを述べた。
「……でも、あまりかわりないみたいですワね?」
少女がわかってくれたと思ったミロは、少女の疑問を言葉通りに捉えて答えた。
「……そうなんだよね………いくら透明でもやっぱりこの隔壁がイメージ悪いんだよな……ここの生物達のほとんどはこっちから干渉しない限り危険はないのに………まあ、見学を続けよう!」
そしてミロ歩き出したが、ミロはどうして自分がこんな少女に愚痴混じりのことを言ってしまうのか、自分でも不思議に感じた。
一方、少女が「かわりない」と言ったのは、実のところミロ本人のことだった。ミロの髪は自分の瞳とよく似た薄いコバルトブルー系で、ミロの瞳は鮮やかなオレンジ色をしていたが、それ以外は自分と何処も変わらないので、少女はどうしてもミロがエイリアンには見えなかった。しかしこの星の人間とも違うので、はじめて見た時から気になっていたのだが、話しも気持ちも何となく通じている気がして、少女はこの青い髪のお兄さんと話すのが楽しいと思った時だった。
ドォォォンッ!
突然大きな音と振動が響き、建物全体が激しく揺れた。
「キャァッ!?」
揺れが激しくバランスを崩した少女を、ミロは咄嗟に抱きかかえたが、少女はその行為に抗議の声を上げた。
「はっ……放してですワっ!」
しかしミロは眉を顰めながら、たった今降りてきた階段を見ながら言った。
「あ、うん……ちょっと見てくるから、ここを動かないでいて!」
そしてミロは、少女を降ろして駆け出した。
つづく