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ACT.1 遺跡

「……ザケンナ馬鹿野郎っっ!!」 

 ハスキーでヒステリックな絶叫が、廃虚にこだました。声の主は、たった今古代遺跡の地下から持ち出した大きな壺を渾身の力で叩き割り、壺の欠片が粉々になるまで踏みつぶし、その破片を蹴り飛ばして毒づいた。

「あーークソっ!一期の壺なんかありゃしねぇっ!またあのクソじじいに騙されたってわけかよっ!」

 一頻り罵って少し気が済んだのか、彼女は………そう、彼女は歴とした女性であり、しかも非常に均整の取れた肉体の持ち主であり、長い睫毛に大きな釣り目の妖艶な美人だった。彼女はパイナップルを二つ頭に付けたような、自慢の七色の髪をブルブル振って砂埃をふるい落とし、毛先をバサバサと手で払った。そして腰のポシェットから小さなブラシを取り出し、両腕の和毛を軽くブラッシングしてからブラシをポシェットに戻して、突然音もなく滑るように走り出した。

 彼女はそのまま自分の小型宇宙艇に飛び乗り、一気に上空二〇〇〇メートルまで浮上し、そこで一旦停まって長い足と手を組みながら、さてこれからどうしたものかと思案した。しかし、ふと目に入った眼下の都市をまじまじと見つめ、その都市のデータをスクリーンに出した。

(……へぇ、こんなクソ田舎に博物館あんのか………よしっ!)

 何やらよい事でも思いついたのか、彼女は鼻歌混じりに座標をセットした。行き先はこの星で最も繁栄している中枢都市の一つ、八〇八タウンだった。



 閉館時間を二時間過ぎて、ようやく今日の仕事も終わりかけた時だった。少年のような童顔で青い髪の青年が席を立つと同時に、小太りで短身の男が青年に声を掛けた。

「あー……ミロ君。……あのさ、スコープの調子が悪くてさ……」

「……予備のスコープもですか?」

「あー、いや、ほら……あれも調子悪いから、使う気しなくて……悪いけどシェルター手伝ってくんないか?」

 男が話し掛けて来た時点で男の思惑に気付いていたミロは、苦笑混じりに答えた。

「……ええ、いいですよ」

 遺跡を活用して建てられた「八〇八タウン銀河稀少生物館」には、第六銀河系内で発見された約二千種類の比較的安全な稀少生命体が保管されていたが、中には光を当てると空間を歪め始める生命体がいて、そのような生命体のために「シェルター」という地下施設があり、その男は今日はシェルターの清掃当番だった。

「……いや悪いな、ホント」

「いえいえ」

 清掃とはいえ、塵や埃を除去して生命体の記録を付けるだけだが、真っ暗闇の中で得体の知れないものと対峙するのは不気味な作業であり、かと言って全部ミロに押しつけるわけにもいかず、男はこうして時折ミロに作業を手伝わせていた。しかし、本来清掃は去年まで業者に依頼していたので、職員が清掃を始めたのは最近のことであり、それもこれも全ては生物館の資金不足が原因だと思っていたミロは、特に文句もなく作業を手伝っていた。

 そんな清掃も終わる頃、ふと男はミロに尋ねた。

「なあ……ホントにお前さん、見えてんのかい?」

 男はスコープ無しで作業するミロを幾度か見ていたが、この時は何故か急に不思議に思えて、あらためて尋ねてしまった。ミロは一瞬きょとんとしてから、にこやかに答えた。

「……ええ、見えますよ、見えるっていうか、物がどこにあるか分かるくらいですけど」

「ふーん、便利な目だなぁ、お前さんの星の連中はみんな……」と言い掛けた時、地鳴りのような唸りが響き、男はぶるっと身を震わせた。

「……ったく、あのドラーゴってヤツぁ、なんでここにいるんだ?……あんな物騒なもんは、早く殺すか他所にやっちまえばいいのに……」

 このシェルターは地下二〇階まであり、その内の地下五階まで一般公開していたが、その唸りはミロ達がいる地下十五階の下から響いていた。男は自分の怯えを払拭するために話題を変えた。

「そ、そういやぁ二〇だか三〇だか、あっちのインテリ星系の試験受かったって聞いたけど、ホントかい?」

 ミロは苦笑しながら答えた。

「……第二三星系の星間生態系調査隊の入隊試験です」

「そうそう!学者さんってさ、あっちに行きゃ給料いいんだろう?なんで行かねぇのさ?」

 ミロはまたにこやかに答えた。

「フフ……遠いんですよ、果てしなく!二〇回ホールを使っても、着くまで基点時間で三年以上掛かるんですよ」

「三年!?……はぁー!しっかし、じゃあなんでそんな試験受けたんだ?」

 それは男の純粋な疑問であり、ミロも気兼ねなく答えた。

「なんとなくですよ!試験はホールネットで受けられるし、それに受験料が安かったから」

「はぁ……三年はつれぇよなぁ……お前さんたちゃあ寿命もあれだしなあ……」

 その言葉が本心かどうかはさて置き、ミロは自分に言い聞かせるつもりで答えた。

「まぁ、それだけじゃないんですけど、とにかく遠いんで、ホントにただ……気分転換に受けてみただけなんですよ」

「まぁなんつーかアレだ……急にいなくなったら困るわ。当分いてくれよな!ハハハ!」

 それは自分本位な要求だが、丁度作業も終わったところなので、ミロはこの取り留めもない会話を終わらせようと思った。

「……後は俺が片付けますから、もう上がってください」

「おお、そうかい?ありがとな!」と礼を言うなり、男は逃げるように部屋を出て行った。

「……」

 実のところ、道具を片付けながらミロは少し驚いていた。それは試験のことは誰にも話していなかったからだが、少し考えて、それがわかってもあまり意味がないことに気付いて考えるのを止めた。そしてミロは耳をすまし、完全に誰の気配もないことを確かめた上で囁いた。

「行ったよ……もう大丈夫」

「……」

 返事がないので、ミロは普通の声で続けた。

「大丈夫だって……ドラーゴは眠ってるよ」

 しかしその時また地鳴りが響き、ミロは頭を掻きながら「ごめん、起きてた。……今なだめてくるから待ってて!すぐ戻ってくるから!」と言って急いで階段を降りて、最下層である地下二〇階に入った。

 遺跡に殆ど手を加えていないその部屋はドーム状であり、中型宇宙船がすっぽり入る程の広さだった。部屋の中央の床には、大人の頭ほどの青白く光る球体が底にめり込んでいて、その部屋の光源はその球体が発する光だけだった。ミロがその部屋へ着いても微かな地鳴りが続いていたが、その球体にミロが歩み寄るにつれ、地鳴りは収まり、代わりにキュウキュウという可愛らしい小動物の鳴き声がミロの耳に入った。

 ミロはしゃがみながら微笑み、球体をのぞき込んで話しかけた。

「……こんばんはドラーゴ。君はそんなにあの人が嫌い?フフフ」

「キュー、キューウ」

 それは全長一〇センチにも満たない、かつて基点星系にいた「トカゲ」という爬虫類に良く似た生命体だった。ミロは一度天井を見上げてから、ドラーゴと呼ばれる第三星域最強の古代生物に向かって、ばつが悪そうに語りかけた。

「……ごめん!……今日は何も持ってきていないんだ」

 ミロは両腕を軽く開いて、何も持っていないというゼスチャーをしてみせが、ドラーゴは「グェ…」と不満そうな声を上げて、ぷいとそっぽを向いた。

 ミロは苦笑混じりに首を振り、胸ポケットを手で押さえながら言った。

「これは……あげられないんだ。……コピーなら明日持って来れるけど……」

 ドラーゴはミロの顔をじっと見つめてから、「グィー…」という寝る前にする鳴き声をあげて、胎児のように身体を丸めながら横になった。ミロは目を細めながら、優しく呟いた。

「……お休み……フフ……ここに悪魔がいるって言う人いるけど、その格好見ても、まだみんな悪魔だなんて言うかな?」

 ミロはそっと立ち上がり、男といた部屋へ戻った。そしてドラーゴと会う前に話し掛けていたものへ再び声を掛けた。

「……ただいま」

 それは一言では名状しがたいものだった。強いて言うならばバケツに張った氷を完全に氷る前にひっくり返して取り出したような形とでも表現するしかない、直径三〇センチ、厚さ五センチ程の気泡混じりの透明な円筒だが、固体ではなく、触れると水のように美しい波紋が現れ、時にはキーンという音を出す、この星に人が移住した時に発見された遺跡の一部だった。

 ミロがシェルターに戻った頃には、既にその生命体はゆらゆらと小さな光る波を立てていた。ミロはその波の美しさに見とれながら、微笑んで言った。

「……安心して、ドラーゴは眠ったよ。フフ……お前はホントに……綺麗だね」

 ミロはドラーゴに語りかけた時と変わらぬ口調で優しく続けた。

「……お前もドラーゴも、ホントに不思議な生き物だよ………特にお前は……怒んないで欲しいけど、正直ヘンな生命体だ………調べてもただの水だしね……」

 ミロの言葉に合わせて波紋が広がり、それはまるでミロに答えているようにしか見えなかった。しかし、不意にそれは形を変え始め、見る間に人の形に変貌した。

「……どうしたの?………あ」と苦笑して、ミロはポケットから一枚の写真を取り出した。それは彼と同じ青い髪を風になびかせて微笑む、一人の可愛らしい少女の写真だった。

「………」

 写真の少女と水がつくり出したフィギュアを見比べ、ミロは目を閉じ、心の耳をすませた。

【……サミ……シイ?……ウレ……シク……ナイ?】

 途切れ途切れの言葉が、言葉と言うよりも想いが、ミロの胸に伝わってきた。ミロはくすりと笑い、はにかみながら答えた。

「………うん、ちょっと寂しいかな?でも……それよりも嬉しい」

 声に出す必要は無く、ただ思うだけでいいのだが、ミロはいつも声に出して答えた。それはそうする方が、ミロにとって自然に思えたからだった。

「……ありがとう、この子さ……エルっていう幼なじみでさ、負けず嫌いなくせにちょっと引っ込み思案で……ヘンな奴でさ……」

【……エル……ア…イ……タイ?】

「………」

 ミロは微笑んだが、その問には答えず別なことを考えていた。ここへ来てから基点暦で五年が経ち、つい最近この生命体に意思疎通能力があることを発見したが、ミロはまだ誰にも話していなかった。それは話せるほどデータが取れていないからだが、もう一つ、ミロはドラーゴとこの生命体との間に何か大きな関係があるのではないかと考えていた。もっとも、それを証明するためには単なる凶暴な高エネルギー古代生物と思われているドラーゴが、実はミロの写真を見たがるような知的生命体であることをも証明しなければならなかった。

(……ま、いっか……)

 しかし、もしそれを証明した場合、誰かが必ずドラーゴのエネルギーを利用しようとするだろうことは目に見えているので、ミロはそれ以上考えるのを止めて、フィギュア……優しい遺跡の生命体の方へ意識を戻した。ミロはフィギュアに向かって少しはにかんで答えた。

「……約束したんだ……いつか必ず迎えに行くって。……待ってるとは思えないけどね」

 ミロの故郷はこの星からそれほど離れてはいないが、近いとも言い難い微妙な距離にあり、それでも急げば半年ほどで帰ることはできた。しかし五年も帰らないでいる一番の理由は、故郷をで出る間際にエルと大喧嘩をしてしまったからだが、ミロの約束はその喧嘩の前にした約束であり、約束と喧嘩は関係ないのでいつでも帰ってよかった。しかし、そう思いつつも五年が過ぎてしまったことに、ミロが微かな焦りを感じていたのは確かだった。

【ア……エル】

「……フフ……ありがとう」

 複雑なミロの心をその生命体が本当に聞き取ったかは疑問だが、彼は一応礼を述べた。

「……うん、まあ……俺は信じている。それでいいよ……」と言うなり、ミロはガクリと膝をつき、顎からしたたり落ちる汗を袖で拭い、呼吸を整えてから言った。

「………そろそろ……帰るね。また今度……三日くらいしたら、また来るよ」

 そしてミロが二三度瞬きをした後には、その生命体は元の姿に戻っていた。ミロが生物館を出た頃にはすっかり暗くなっていて、メインストリートの人通りもまばらになっていた。ミロは疲れを明日に残さぬよう、とにかく寝る事だけを考えながら住まいへと向かった。



 同じ頃八〇八タウンの郊外で、あらん限りの罵詈雑言を絶叫しながら、故障して墜落した自分の宇宙艇を蹴り続ける者がいた。

「ガーーッッ!!、こんクソ○▲◆×○□×ッッ!!」

 しかしここは砂漠であり、このまま蹴り続けていれば命の保証はないので、彼女は船に見切りをつけて徒歩でタウンへ向かうことにした。そして杖をつき、時には転びながら、暗闇の中をたった一人でとぼとぼと歩き続ける内に、また怒りが込み上げてきた。

「………クソじじい……今度会ったら●●して×××して、あーもうっ、そんなんじゃダメだっ!せめて▲△○してから●●して、そんでもって蹴り三発ぶっこんであのムカツク髭毟ってやるっ!」

 そしてこんなことを二三度繰り返している内に、彼女はタウンの外壁にたどり着いた。



つづく

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