ざまぁされた姉の葬式に出たら、なぜか私の方が負けていた
ふたつ年上の姉が死んだ。
王都から二日ばかりの距離にある、軍都から報せがきた。
あんな姉の葬式など出る気はなかったが、意外でもあり腑にも落ちる人物からの報せだったので、出席することにした。
夫は行くなと強硬に反対したが、
「あんな姉でも最後に顔を見てお別れをしたいです……」
としおらしく言えば、夫はしぶしぶといった様子で許してくれた。
「キミはやさしいな……」
いえ、やさしいのはあなた。
やさしい夫。
そして、相変わらず私のことが何もわかっていない夫。
みすぼらしい葬式だった。
そして豪華な葬式だった。
軍都にある軍団駐屯地付属の小さな神殿。
参列者は、神殿関係者2名、わたし、そして報せを送ってくれた人だけだった。
「遠路はるばる御足労していただいてありがとう。あいつも喜ぶ……かどうかはさておきだけどな」
報せの主は、さばさばした口調で言った。
彼女は姉の友人のひとり、そしてわが国で女性初の将軍。
線は少しやわらかくなったが、誰よりも王子様みたいだと言われた涼やかな美貌は学園時代そのままだった。
濃紺に鮮やかな紅が入った軍服も、彼女が着ていると、どんな豪華なドレスよりも華やかに見えた。
彼女がいるだけで、葬儀の場は大輪の花が飾られているようだった。
悔しい。
あんなに美しかった夫が、すっかり気力を失い、その美貌と能力を陰らせてしまっているというのに!
だが、私は表情に出さない。
完璧な侯爵夫人。
淑女の中の淑女。
悲劇的な境遇から、美しいヒーローによって救い出された物語のヒロインだから。
だが、その物語も、彼女の前では霞んでしまうのだけど……。
「お久しぶりです。ご活躍だけは聞いておりました」
「十年ぶりくらいかな?」
「十五年ぶりです」
「ああ、もうそんなになるか。月日の経つのは早いな」
葬儀が始まった。
姉が、一番安い白木の棺桶に入れられていた。
大輪の白い花に囲まれた姉はきれいだった。
ひどく安らいだ顔で、満足して亡くなったようだった。
私は拳を握りしめた、爪が食い込むほど。
……なんでそんな顔をしてるの?
あなたは、病気で崩れ果てた顔をしているはずなのに!
訓練された表情はそれを露わにしなかった、と思う。
姉が、神殿裏のみすぼらしい墓地へ埋められたあと。
私たちは神殿の中庭で話をした。
「他の方は」
彼女は肩をすくめた。
「連絡先がわからないから知らせようがない」
知っている。
連絡先を知っているのではなくて、姉の友人達がどうなったかを。
夫が全て処理してしまったのだ。
やさしい私が知ったら、止められるだろうと夫は考えていたようだが。
私は察していた。
いえ、夫ならするだろう、と予想していた。
夫が手紙を送ったり、会見したりすると、姉の友人達が修道院に送られたり除籍されたりした。
こうして姉の友人……いや、取り巻きだった人達は全員消えた。
この人以外は。
「そうなのですか……あんなに友人がいたのに……」
かつて姉は華やかだった。
学園の女王で、きらきら輝いていた。
伯爵家の令嬢だが、実家は侯爵家に並ぶほど裕福。
取り巻きをひきつれて学園を闊歩していた。成績もすばらしく。落ちない男はいなかった。
全て、私の犠牲の上ではあったけど。
いえ、犠牲とはいえないでしょう。私はずっと備えていたのだから。
奴隷の従順を装いながら爪を研いで。
私の存在が、姉の栄華の中に、実家である伯爵家の隆盛の中に、占める割合が多くなれば多くなるほど、私が抜けた時、家族という名の他人たちの絶望と崩壊は悲惨になるのだから。
その頃、彼女は姉の友人のひとりだった。
いや、おそらく唯一の友人だった。
「あんな姉でしたが……安らかな最期だったようですね」
なぜあんな満足そうな顔を!
しかもきれいな!
あの美貌だって奪ったはずだったのに!
私は、激しそうになる心を表には出さず。
「でも、なぜあなたが? 姉の葬儀を?」
彼女は肩をすくめて、当然だという風に、
「腐れ縁の友達だからな」
ほんとうはこの人も、処理してもらうはずだった。
姉の一番の友人。おそらく唯一の友人だからだ。
だが、無理だった。
なぜなら、この人だけは姉に『お前さぁ。妹の婚約者奪うとか正気か? あたしだったらやらんね!』
と何度も言っていたからだ。
それを目撃している人はいっぱいいた。私もそのひとりだった。
それを見たり、聞いたりする度に、私はほくそえんだ。
あの傲慢で、自分以外は全て利用する対象としか思わない姉は彼女を遠ざけるだろうと。
周りの自称友人たちが、遠ざけるように忠告するだろうと。
だが、そうはならなかった。
そのたびに姉は、軽はずみな脳髄に、正気と理性を無理やり注入されて、決定的な破局を引き起こさずに済んでいた。
おかしいでしょ?
あの姉が、こんなまともで口うるさい人間を周りに置き続けたなんて!
こんなまともで気のいい人が、姉の友人でい続けるのか!
だからこの人は、姉が、私の婚約者を奪ったパーティにはいなかった。
この人の父が、急逝して領地へ戻らなければいけなくなったのだ。
当然、この人は口酸っぱく姉に言っていただろうけど……。
姉は彼女が出席していない場を狙ったのだ。
それも、私が元婚約者を誘導したんですけどね。
このままだと姉が私の婚約者を取るのではないかと、心配してくれた友人に。
『婚約者が本気ではないから心配していません。だって、私との婚約をなんとかしないといけないと判っているはずなのに、婚約解消の話をもちかけてきませんから』
それだけでよかった。
便利で口の軽い友人から、元婚約者へと話は伝わり。
元婚約者は、姉を急かし、姉は最後の一線をあっさりと越えた。
「あれから、あいつがどうなったのかは知ってたか?」
ええ。もちろん。
そんなことは顔には出さず、優雅に首を振り。
「わたしの実家があんな末路を辿ってしまったところまでしか……」
彼女がいないパーティで、元婚約者は私に婚約破棄をした。
元婚約者の隣には、勝ち誇った笑みを浮かべた姉がいた。
私は笑いを抑えるのに苦労した。
姉様。あなたの美しい守護天使は、ここにはいないんですよ?
それなのにこんなことをして……哀れですね。
家と家の契約でもある婚約を、勝手に破棄する。
普通ならそんなわがままは通らない。
だが、私の実家は、両親も兄も弟も全員姉の味方。いえ、崇拝者。
元婚約者の実家も、私の実家の繁栄に私が関係ないと思っていたから、婚約相手の変更を喜んだ。
姉は、何の支障もなく、私の元婚約者と結婚した。
私が万事裏で仕切ってやった贅を尽くした豪華な結婚式だった。
何もかも完璧。
幸せの絶頂だった。そうしてやった。
唯一、欠けていたのは、実家の都合で帰れなくなっていた彼女の姿だけだった。
今の夫が、彼女の弟を焚きつけて家督を奪わせようとしていたのだ。
彼女が結婚式に出られないと知った時の姉の顔! 陰で笑ってやった。
そして、私は、豪華絢爛な結婚式の裏方の、戦場のような混乱に紛れて、今の夫の手で脱出した。
当初、私がいなくなっても、実家も姉も何もしなかった。
あの家で、私の存在は無だったから。
だが姉の幸せは、すぐボロが出た。
それはそうだ。姉は勉強も何もかも私に頼りっぱなし。頭はからっぽ。教養も皆無。
実家までがそうだった。
そうなるようにしむけていたのだから。
それでも父は私の能力を判っていたから、私を閉じ込めて働かせ続けようとしたけれど。
私が今の夫の手引きで出奔してしまったから、どうにもならなかった。
美しい夫が私の側に立っているのを見た時の、姉の憤怒に満ちた醜い顔!
私の元婚約者より華麗で秀麗なその姿を見た時の歯ぎしり!
心地よかった。
夫のおかげで姉の真実の姿と悪評が広まり。
姉の周りから潮がひくように人が去り。
姉の贅沢三昧は元婚約者の裕福だった侯爵家すらも傾け、実家は犯罪に手を出し、両家とも破滅した。
私の両親と兄弟、元婚約者の両親は処刑され、
姉と元婚約者は、爵位を奪われて追放された。
そのあとの事は知らない……ということになっている。
もちろん知っている。
姉はかつての友人達を頼ろうとしたが、友人達は消えているか、人を助けられる状態ではなかった。
姉と元婚約者は憎み合い、元婚約者は姉を娼館に売り飛ばした。
姉が遠くの国で、一番安い娼婦にまで身を堕とし、娼婦の病に侵されて、顔も崩れ始めていたことまで。
夫は、私に対しては脇が甘く。夫の部下たちの報告書は見放題。
だから、よく知っていた。
全く以て、役に立つ夫だった。
「一昨年の冬ごろ、オレが管轄してる軍の駐屯地の前で許可なく商売する娼婦が現れてさ」
「それが……まさか姉……あの姉が娼婦……」
かなしげな口調は得意。
知っていたことを、知らなかったような顔をするのも得意。
「人間は死なないと生きていかなくちゃいけないからな。顔も崩れてな。ちびた銅貨一枚でようやく相手が釣れたくらいだったらしい」
やっぱり。そのはずだ。そうでなければ。
姉は何もかも失っていたはずだ!
まだ四十にもなっていなかったのになにもかもを!
「それで、去年の春ごろ……ちょうど一年前、いきだおれていたそうだ」
「……先程からの話だと、あなた自身が見たわけでは?」
「ああ。そうだ。オレが知ったのは、書類が来たからだ」
「書類?」
「聞いたことないか? カビから作るっていう新しい薬。軍の医療部門がそいつの実験台を欲しがってた。身元不明の死にかけ娼婦ならちょうどいいということで、あいつはその実験台にな。その許可を求めてオレのところへ書類が回って来た」
「でも、そんな人間はいくらでもいるのでは……わざわざ将軍であるあなたが見に行くほどでは……」
彼女は将軍だ。
もはや侯爵である夫ですら手が出せない、救国の英雄。
5年前、我が国との条約を破って攻め寄せてきた帝国軍。
しかも、密かに間道を作ってのありえない場所からの侵攻。
その地点の守りは薄く。
守備兵もろくにいない砦ひとつだけだった。
そこに彼女は副司令官として赴任していた。
夫が裏で工作して、彼女の家督相続を潰して、辺境へ送らせたのだ。
わたしは知っていた。
いい気味だと思っていた。
姉はろくでなしなのだから、わたしに乗り換えるのが賢いやりかたなのに、彼女はそれをしなかった。
帝国があの砦に攻め寄せて来たのも、夫が帝国へ情報を流したからだった。
彼女の上官は、彼女に指揮権を押し付け逃亡。
絶望的な状況の中、彼女は寡兵を率いて、帝国軍に奇襲を掛け、その中枢へ突撃。
皇帝、皇太子、さらに帝国軍の頭脳でもあった名家の当主たちを殲滅した。
奇跡的な勝利だった。
その間に、王都を見捨てて遷都をしようとしていた王族や、地方へ逃亡した貴族たちは、彼女を英雄にするしかなかったのだ。
それ以来、夫ですら彼女には手を出せなくなった。
「その新薬に興味があったんで、見学しに行ったんだ。そこで初めて知った。まぁひどいもんだったよ。ご自慢だった顔は、吹き出物で見る影もない有様だった」
「……娼婦の病気ですか……」
ざまぁみろ。
なのになぜ、あんなきれいな顔に!
しかも、見る影もない有様だったのに。
この人は、一目で、そんなに変わり果てた姉のことがわかったのだ!
私でも判らなかったはずなのに。
「……薬は効いたのですね……」
「ああ幸か不幸か効いたよ。あいつ、吹き出物がキレイに消えた自分の顔見て、ボロボロ本泣きしやがった」
「あの姉が……」
自由自在に涙を流せた姉が?
本当に泣いたのか。
「『あんたでも感激なんかするんだ』って呆れたら『忌々しい吹き出物がなくなっても、もうわたし美しくない!』だってさ」
「ああ……」
姉らしい。
「あいつには美貌と贅沢をする以外には何の才覚もなかったからなぁ、ショックだったんだろうよ。でもなぁ、40近くなって、しかも荒さみきった生活しててあれだけのツラなら大したもんだと思ったけどな」
この人らしい言い方。
姉にズケズケとモノを言っていたのは、この人だけだった。
そして、姉が罵りながらも、関係を切らなかったのもこの人だけだった。
そして。この人以外頼れる人はいなかったはずなのに。
姉が、最後まで頼ろうとしなかったのは、この人だけだった。
ありとあらゆる知り合いに金を無心しようとしていたくせに、この人にだけはしなかった。
「いくあてがあるかって聞いたら。あるっていいやがるから。こりゃないなって。まぁそれでうちでひきとることに」
「なぜ、そこまで」
彼女は肩をすくめた。
「友達だからね」
そして、最後まで姉の側にいてくれたのも、この人だけだった。
なぜ、この人が姉の、あの姉の友人なの!?
私にさえ、そんな友人はいないのに!
「病気が治ったなら、どうして?」
「あいつ、他にもいろいろ死病を抱えてたらしくてな。娼婦の病が治っても、ベッドから起き上がることもなく死んじまったよ」
「御迷惑をおかけませんでしたか?」
私はしおらしく聞く。
姉が迷惑をかけたんじゃないかと心配する妹、それが私のポジション。
その辺に放り捨ててしまえばいいのに!
あれはみじめにのたれ死ぬべきだったのに!
そんな本心は見せない。
「いや、ぜんぜん。たまにオレへ悪態をつく以外静かなもんだったさ。好きなことやらせてやったからな」
「好きなことですか……」
姉の好きなこと。
贅沢と顔のいい男以外なにも思いつかない。
だけど、彼女の様子からそれ以外のことだということは判る。
「秘密だ」
※ ※ ※ ※ ※
へったくそな絵だな。
!
これなに描いてるんだ? あの建物か?
ちがうわよ!
じゃああの花か?
ちがうわよ! あの山よ!
あははははは! へたっぴーだな。
……このことは誰にも言うんじゃないわよ!
言わないさ。
どうせ言うつもりでしょう! いいわよ言っても! わたしが違うって言えばあんたはウソつきに――
だって言って欲しくないんだろう? なら言わないさ。
……
※ ※ ※ ※ ※
「……妹の私にも教えてくれないんですか……?」
夫やその家族なら、一発で落とせたしおらしい表情。
だが彼女はにやっと笑って。
「誰にも言わないって約束したからな。あいつとオレの秘密だからな、あんたには教えない」
「……そう、ですか」
「まぁ最期は穏やかなもんだったよ」
「……」
どうしたらあんな顔が出来たのか……。
姉からは徹底的に何もかも奪ったのに!
……最期は?
「もしかして……姉の死の床につきそってくださっていたのですか?」
「ひとりで死ぬのは辛いだろうからな」
最期この人が側にいたからだ。
そうでなければ、あんなやすらかな顔をしていたはずがない。
姉が本当に好きだったのは、私の元婚約者でも、その前にたぶらかした何人かの男でもなく。
このひとだったんだ。
「最期……何か話したんですか」
彼女は、穏やかに、しかし、きっぱりと、
「オレはあいつの友達で、あんたの友達じゃない。だから言わない」
「……」
私は言葉をうしなった。
姉から何もかも奪ったはずだった。
だが、ひとつだけ失敗した。
この人を奪うことだけには失敗したのだ。
私は、いかにも侯爵夫人らしく、姉を看取ってくれた礼を言って辞去した。
馬車で去り際。
神殿の墓地のほうから、ほそい煙があがっていたのを見たが、それが何か確認しようとは思わなかった。
※ ※ ※ ※ ※
あんた暇なの? こんな死にかけのどうでもいい女の側にいるなんて。
休みをとった。
なんでわたしのために。
友達だからな。
あんなことをしたのに?
褒められたこととは思わんけど。まぁ友達だからな。
わたし、あんたのところ最後に来たのよ。
そうだろうな。
偽善者。
これでも、敵には容赦ないって恐れられてるんだけどな。
偽善者。
かもな。
わたしが惨めじゃない。一番バカにしてた奴にだけ親切にしてもらって。復讐のつもりでしょ?
なにに復讐するんだよ。オレは別に復讐されるようなことはされてない。ろくでなしだとは思うけどな。
なによ。ひとのことろくでなしよばわりして。
ろくでなしだからな。
……ねむくなってきたから、どっかへいって。
子守歌でも歌ってやろうか?
いやよ。うるさくてねむれやしないわ。ひとりにして。
わかった。じゃあおやすみ、いい夢を。
………。
ありがとう……。
※ ※ ※ ※ ※
将軍は、みすぼらしい墓の前に、紙の束を置いた。
紙の束に火をつけると、火は静かにゆっくりと燃え続けた。
彼女は、全てが燃え尽きるまで、『わが友』と刻まれただけの墓の前に立っていた。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
これまで評価してくださった皆様、本当にありがとうございます。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




