第2話:僕と彼――いや、俺とあいつ、だろ?【後編】
ミカは目を見開いた。
「……志音……君……」
それは、彼女が誰かからかけて欲しかった、励ましの言葉。自己嫌悪の中で縋りたかった、肯定の言葉。アミカナの存在があるが故に、彼女の運命を思うが故に、ミカが弱音を吐くことはできない。でも、だからと言って強くなれる訳でもない。辛いものは辛いのだ……。
全身から力が抜けていく。彼の胸の中にくず折れそうになる。だが、アミカナの顔が浮かんだ。ミカは反射的に身を反らした。
……そこは私の場所じゃない!……
バランスを崩したミカは、椅子から崩れ落ちた。シオンは慌ててミカを抱きかかえた。そのまま、二人でテーブルの下に倒れ込む。
「おい、大丈夫か?」
気が付くと、シオンの顔が間近にあった。ハッとしたミカは思い切り顔を背けた。できるだけ彼から距離を取ろうと、背中を地面に押し付ける。反らした胸が張り裂けそうになる。縋れる場所は見つかったのに、そこに縋ることはできない。それは、アミカナを裏切る行為だ……手の届かない希望――それは、絶望よりも心を打ちのめした。心が潰れる悲鳴が、涙となって溢れ出す。
……私は……一体どうしたらいいの?!……
「何?! 押し倒した?!」
思わず志音が声を上げる。
「まずい! 行くわよ!」
アミカナは看板の陰から飛び出した。走りながら、全身のリミッターを解除する。
一気に距離を詰めると、ミカに覆い被さったシオンに向かって、稲妻のような蹴りを繰り出した。
直前に気付いたシオンだったが、躱すことはできず、彼女の一撃を腹に受けた。そのまま、窓を突き破るとカフェの店内へと転がっていく。大量のガラスが飛散した。
「志音君?!」
ガラス片の雨に頭を庇った後、身を起こしたミカは青ざめた。口元を押さえる両手が震える。
「……アミカナ……あなた何てことを!……」
青白いスパークを纏った右足をゆっくりと下ろしながら、アミカナは言った。
「……ミカ、あいつは志音じゃない……」
「……え?……」
アミカナの差し出した手を取って、ミカはゆっくりと立ち上がった。
殺気だったアミカナの後ろには、本物の志音が立っていた。
「……どうも、ミカさん……」
「志音君?!」
驚いてミカはカフェの方を振り返った。
「え?!……じゃあ、あの人は?!」
「……相変わらずだな、脳筋クソ女……」
カフェの扉を開けて、うすら笑いを浮かべたシオンが出てきていた。体にまとわりついたガラス片をゆっくり払う。服のあちこちが破れ、汚れていたが、怪我をした様子はなかった。
「……お前もな……」
アミカナはシオンを睨んだ。
「一体どういうこと?! 志音君が二人?!」
ミカだけが一人混乱していた。
「ええと……この人は、何ていうか……僕の兄的な存在で……」
一歩進み出て説明する志音の前で、シオンは肩をすくめた。
「残念! 志音に成りすまして、お前を志音と脳筋女の板挟みにしてやろうと思ったんだが、邪魔が入ったようだ」
「……じゃあ……」
ミカは、信じられないという風に目を見開いた。シオンは苦笑して目を逸らす。
「……じゃあ……」
ガラス片を踏みしめて、ゆっくりシオンへと近づく。
「……じゃあ……この人と付き合っても、アミカナを裏切ることにはならないのね! よかった!」
ミカはシオンに抱きついた。
一瞬驚いたシオンだったが、すぐにニヒルな笑みを浮かべた。
「……よし。全て想定内だ……」
* * *
シオンとミカを乗せて、カフェの前から走り去る赤いスポーツカーを、箒と塵取りを持った志音とアミカナは、呆然と見つめていた。
「……ねえ、これ、物語的に大丈夫なのかな?」
我に返った志音が、心配そうに尋ねる。
「さあ。ミカがいいならいいんじゃない?」
苦笑したアミカナは肩をすくめた。やがて、志音の顔を見る。
彼女は急に彼の腕を取ると、ニッコリと微笑んだ。
「私は断然、こっちの志音だけどね!」




