第2話:僕と彼――いや、俺とあいつ、だろ?【前編】
交差点で信号待ちをしていた志音の前に、タイヤを鳴らして、いきなり赤いスポーツカーが止まった。窓が開く。現れたのは――志音と全く同じ顔の男、シオンだった。
「よう、久しぶり。かるた大会以来だな」
唖然とする志音に、ニヒルな笑みを投げかける。
「シオン?!……もう覆面はいいの?」
「知るか。作者に聞け。それより聞いたぜ。この間、あの脳筋姉妹にコケにされたんだってな?」
「……いや……一体どっから聞きつけたんだ?」
「俺の情報網を甘く見るなよ。それでだ、俺様が仇を取ってやろうと思ってな」
「いや、別にコケにされてないし……そもそも、君には関係ないだろ?」
シオンは呆れたように頭を振った。
「いいか。この世で「しおん」と名のつく奴は全て、舐められちゃいけねぇんだよ。お前の屈辱は俺の屈辱だ。目には目を。歯には歯を。屈辱には屈辱をだ」
「いや、だから別に屈辱とか受けてないから」
「とにかく! まずは姉からだな。お前に成りすまして、同じ目に遭わせてやるぜ。恩に着な!」
そう言うと、スポーツカーは颯爽と走り去った。つむじ風が残る。
唖然としていた志音だったが、やがて我に返った。
「……やばい。ミカさんに……いや! アミに知らせなくちゃ!……」
* * *
ミカは、カフェの軒先で一人紅茶を飲んでいた。
気が付くと、目の前にシオンが立っていた。
「よう、ミカ」
シオンは右手の人差し指と中指を揃え、一度額に軽く当てると、それを弾いた。
「志音君?!」
ミカは思わず腰を浮かした。
「この間はごめんね! あの……大丈夫だった?」
シオンは、隣の席から椅子を取ると、ミカの隣においてそれに腰掛けた。腕をミカの椅子の背にかける。余りにも近い距離感に、ミカは反射的に身を引いた。
え?……今日の志音君、なんか違う?……
「ああ、問題なかったぜ。あ……いや……問題はあった」
一度通りの方を眺めて、シオンは顔を顰めた。
「え? どんな問題?」
心配そうに尋ねるミカに、シオンは顔を近づけた。
「ミカと一緒に過ごした時間が楽しくてさ……」
「……え?……」
一陣の風が通り抜けた。
「あそこだ!」
カフェにいるミカとシオンに、志音とアミカナは気付いた。近寄ろうとする志音を、アミカナが引き留める。
「どうしたの? 早く何とかしないと……」
「待って。ミカがどうするか、ちょっと見てみよう」
アミカナは意地の悪い笑みを浮かべる。
「彼女には貸しがあるからね」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃ……」
言いかけた志音を、アミカナは遮った。
「ねえ、あいつ、本当に『志音に成りすまして』って言ったの?」
「……うん……」
アミカナは眉を顰めた。
「……何か、まるで似せる気ないみたいだけど……」
「……楽しかった?……」
ミカは思わず聞き返す。
「ああ。必死に脳筋……もとい、アミカナの真似をするお前がかわいらしくて、つい、意地悪しちまった。ごめんな」
そこで、シオンは内心呟いた。
……なんでそこまで知ってるかって? あの日、俺はあのステーキハウスのシフトに入ってたからな……
「あ、いや、私の方こそ、騙してごめんね」
シオンの言葉に戸惑ったミカだったが、気を取り直すと、上目遣いに彼の顔を覗き込んで、悪戯っぽく微笑んだ。
「でも、二人がいつもあ~んなやり取りしてるなんてね……」
「なんだよ? 悪いか?」
シオンが顔を顰めると、ミカは息をついた。
「いいえ」
不意に空を見上げる。
「二人がいいなら、それでいいわ」
ミカはシオンに向き直ると、再度微笑んだ。そう、彼女には幸せになって欲しい……でも、私にはしてあげられない。私には、その資格がないから……
「志音君、アミカナのこと、よろしくね」
その笑顔は、隠し切れない切なさを帯びていた。青い瞳が揺らめく光を湛える。
シオンは怯んだ。……こいつ、脳筋女の顔して、心を掴むような表情するじゃねえか……
……だが、容赦はしない……
「いや、残念だが……」
シオンは苦笑して目をそらした。
「……それは無理だな……」
意味を悟り、慌ててミカは身を乗り出す。
「どうして?!」
シオンはミカに向き直った。鼻先が触れるような距離で、困ったような笑みを浮かべる。
「……ミカの方が好きになっちまったからさ……」




