第1話:私と彼女【後編】
志音は食後の紅茶を飲んでいた。お湯で膨れたお腹をこっそりさすりながら、ミカはほくそ笑んだ。
……これで勝ちは確定ね。後は、姉的立場として、彼がどんなつもりでアミカナと付き合っているのか、確認する必要がある。本人――本当は本人じゃないけど――を前にして、正直に言うとも思えないけど、せっかくの機会だから、やってみるか。
「ねえ」
身を乗り出してテーブルに肘をつくと、ミカは志音に話しかけた。
「志音はさ……」
……ここで一度目線と落として、そしてもう一度、彼の目を見る……攻撃。
「私のこと、どう思ってるの?」
「え? 何、急に」
志音は驚いてカップを置いた。
「いいから!」
ミカに急かされて、暫く思案した志音は、同じように肘をついて、彼女に顔を近づけた。
……おっ、来るわね……
身構えるミカに、志音は囁くように答えた。
「……まあ……いい友達だと思ってるけど……」
……え?……
……友達?……
思いがけない答えに、ミカは自分の耳を疑った。
……アミカナを……友達だと思ってるの?……
「どういうこと?」
ミカは顔を顰めた。
「友達なの? 付き合ってるんじゃないの?」
「いや、付き合ってないでしょ?」
ミカは唖然とした。この男……とんだ食わせものだわ……。
ゆっくりと怒りが湧き上がる。
「……本気で言ってるの?……」
「……え……いや、だってそうでしょ?」
ミカは、苦笑する志音の胸倉をつかんだ。乱暴に引き寄せる。こんな男に、アミカナが惚れ込むなんて……
「……もう一度聞くわ。私達は、付き合ってないの?」
ミカの突然の剣幕に怯えながらも、志音ははっきりと答えた。
「だから……付き合ってないでしょ、僕とミカさんとは」
「……え?……」
ミカは思わず身を引いた。どういうこと?……
「……今……ミカって言った?……」
「はい。だってミカさんでしょ?」
愕然とするミカに顔を近づけると、志音は囁いた。
「ミカさん、これ何のゲームですか? アミも近くにいるんですか?」
暫くの沈黙の後、何とか持ち直して、ミカも彼へと顔を近づける。
「……いつから気付いてたの?……」
「え……最初からですけど……何か、二人でやってるんですよね?」
志音の言葉に、ミカは思わずくず折れそうになった。私の努力は……戦略は……一体……
ハッとして、ミカは思わず志音の手を取った。
「お願い志音君。途中から気付いたことにして!」
「え?……それ、大丈夫ですか?……僕、ひどいことになりません?」
ミカは眉根を寄せて懇願した。
「お願いお願い! 今月厳しいの!」
「え? それ、どういう……」
テーブルの上で手を握り合い、顔を近づけて何やら囁き続ける二人の姿に、水を飲み干したアミカナは、ゆっくりと立ち上がった。不敵に微笑む。
……もう、賭けなんかどうでもいい……
……気づいていようがいまいが、ミカとイチャイチャしてるのは事実!……
目を閉じると、アミカナは自身の体にコマンドを送った。
……全身のリミッター解除。左腕のパワーを右腕に迂回……
ゆっくりと目を開けると、青い瞳が無慈悲に輝く。
……さあ、志音、どこがいい? 一発でどこにでも逝かせてあげるわ……
「とにかくお願い! 途中から気付いたことにして! あなたがひどいことには……きっとならないと思う……」
「いや、『きっと』って何ですか?」
顔を近づけて押し問答する二人の背後に、怒りのオーラを身に纏ったアミカナが立っていた。頭上に雷雲が湧き上がるように、電化した空気がチリチリと音を立てる。
「……何してるの? さっきから……」
低い声で、アミカナは凄んだ。
「あ……アミ……」
志音が声を掛けたが、刃のように鋭く睨まれて身をすくめる。
……驚かないところを見ると、気付いてはいたようね……
「……いつから?……」
ぶっきらぼうにアミカナは聞いた。
「……え?……」
「いつから、私じゃないって分かった?」
「え……それは……」
志音はミカに目をやった。彼女はすがるような視線を返した。彼は息をついた。
「……食べられないことを、からかった時に……」
「……ふーん……」
アミカナはミカを見た。
「……ざ、残念。最後まで騙し通せると思ったんだけど……」
ミカは作り笑いを浮かべた。
「……ということで、賭けはイーブンね……」
アミカナは黙ってミカを見ていた。耐えられずに、ミカは志音に同意を求めた。
「ねー?」
「……いや、僕は何も……」
アミカナは息をついた。
「賭けの件は分かった。でも志音には話がある」
ミカは慌てた。彼がぶちのめされる!
「待って! 彼は悪くない。私のせいなの。私が魅力的なばっかりに!……」
アミカナはミカに顔を近づけた。
「ミカ、この件は貸しにしておくわ……」
アミカナに睨まれて、ミカは苦笑した。
「そう?……ありがと」
「志音!……来て!」
アミカナは志音を引っ張っていった。窓際のテーブルからかなり離れたところで手を離すと、彼へと向き直る。
「ミカには言わない。だから正直に答えて!」
「う、うん」
「いつから気付いてたの?」
背中に隠した右の拳から、青白いスパークが幾重にも走っていた。
「……まあ……最初から……」
志音の言葉に、アミカナは目を見開いた。
「……最初……から?……」
撃ち込もうと思っていた拳から力が抜ける。
「……分かってて……何で黙ってたの?……」
志音は苦笑した。
「ミカさんが君の真似をしていたから、二人で何かやってるんだろうと思って、取り敢えず乗ってみてたんだ。結局何だったの? ミカさん、今月厳しいって……」
「……そう……」
アミカナは俯いた。彼女の右腕が、次第にだらりと垂れ下がる。
彼女は再び顔を上げた。眉を顰める。
「どうして分かったの?」
「どうしてって……」
暫く思案する時間があった。やがて彼は頭を掻いた。
「……まあ、何となく……」
要領を得ない彼の答えに、思いがけない事実を期待していたアミカナは、がっかりしたように息をついた。
それでも、気を取り直して彼女は微笑んだ。
「……まあ、いいわ……」
ようやく和んだ空気に、志音は安堵の息をついていた。
……本当は、抱き付かれた時の体温で分かったんだけど……
内心そう呟いて、彼はアミカナの顔を見た。
……やっぱ言えないよな。体温低いの、気にしてるみたいだし……
「……帰ろうか?」
志音が切り出すと、アミカナは彼の腕に自分の腕を巻き付けた。真っ直ぐ彼の目を見る。
「そうね!」




