「突貫!」と悪役令嬢は言った。
シリーズで登場人物と冒頭文を共有する短編「悪役令嬢、かく曰へり」第3話
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不当な婚約破棄を宣告された侯爵令嬢エレオノールは、類稀なる知略と武力を振るい、王都で頻発する怪事件の真相を追う。彼女が暴いたのは、異形の邪神を崇め、凄惨な人体実験に手を染めていた婚約者・クロヴィス王子による淫祠邪教の陰謀だった。
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【冒頭:婚約破棄から断罪へ】
とある時代、とある王国。欧州ではなく、他のどこでもないどこか。世の数多地図になく、誰かの持つ地図にはその名を記すという。いくつかの国家に隣接する、強大ではないが弱小でもない、どちらかと云えば穏やかな国。
その妄言は、王家も参列する壮麗な舞踏会の場で吐き出された。
「私、ヴァロア王国王子クロヴィス・ド・ヴァロワは、長年交わされていた侯爵令嬢エレオノール・ド・メルクールとの婚約を破棄すると、ここに宣言する」
発言の主は、当人の述べるようこの国の王子。未だ成人はしていないが、必要な教養は取得し終え、そろそろ公務にも関わろうかという年頃。一般には聡明と見做され、穏やかな為人で見目麗しく、国民の人気も高い。婚約は王命をもって結ばれ十年の間維持されたが、今此の瞬間、他ならぬ王子自らの宣言をもって、その努力は水泡に帰される。
「エレオノール、貴様は侯爵令嬢であり私の婚約者である立場を利用し、下位の者どもを虐げ、特にこの男爵令嬢ジュリエット・バローには人とも思えぬ所業でその心身を傷つけたこと明白である。その様な者に王家の者の婚約者など務まろうはずもない。即刻その立場を剥奪し、罪に対する罰として国外追放を命ずる。王都の侯爵邸へも、領地へも寄ることは許さぬ。即刻、この国を出るがいい」
自国の王子による突然の蛮行に、参列していた貴族諸侯は、当初愕然としつつも、周囲にある者と密めいて語り合い、会場内は押して引く細波が満ちるようさざめき出す。王子は我が意を得たりとほくそ笑み、隣に佇む男爵令嬢は王子の元に身を寄せ見詰め合う。王子の周囲に侍る側近たる少年達が、貴族達の中に厳しい視線を投げ、一人の令嬢を睨み付ける。
靴音高く歩を進めるその令嬢は、誰よりも優美で気高く、不敵な笑みを浮かべていた。
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(本編へ)
昨今、王都の井戸端を賑わす噂話に「都の子女が忽然といなくなってしまう」というのがある。話によれば、独りでいる時ならまだしも、共にいる者が僅か間目を離した隙に忽然と姿を消してしまうとか。まるで魔法か、禍物に魅入られたか。古の魔女や妖精に攫われたのだという者もある。
その噂は、侯爵令嬢エレオノールの耳にも届いていた。
メイドや侍女というのは、とかくおしゃべりだ。メイド同士は家門にかかわらず直ぐに打ち解け合い、あれこれと噂話を交換する。例えば、「とある有名な商家の娘が、共の者が少し目を離した隙にいなくなった。それはきっと魔女のせいだ」「まあ、怖い」などというように。それを侍女が聞きつけ、主の無聊を慰めようと面白おかしく語って聞かせることもよくある光景。
エレオノール自身はメルクール侯爵家の姫君であるので、王都のことに直接関わることは少ない。王家の末息子の婚約者とはいえ、多くは自領の城で過ごす。王都に来るのは年に数度、王家で催される大規模な式典に参加するときくらい。もっとも一方で、婚約者たる王子は一度もメルクール領に訪れたことはない。自分が婿に入るということの自覚がないのだろう。歳を隔てての末息子に、国王王妃両陛下がたいそう甘やかしているというのは、よく知られる。ともあれ、王家に入る予定もないエレオノールにとっては、関わることのない事柄。むしろ、余計な口出しは、王家と諸侯との関係にいらぬ諍いをもたらしかねない。不輸不入は相互に守られるべきもの。王家の監督は受けないが、王家王領への詮索も控えるべき……なのは承知の上で、だが。
「出掛けます。ディアーヌ、支度を」
「お嬢さま、本日その様な予定はございませんが」
嫌な予感、というより確信に表情を曇らせるディアーヌは、エレオノール付きの侍女。エレオノールから仰せつかった用で暫し場を離れたが、その間に何ぞ吹き込んだ者がいると直感する。ぎろりと厳しい目を向けると、もう一人の侍女で、王都の出身であるのが青い顔で目を逸らせる。デアーヌはこれ見よがしに溜息を吐き、「どんな噂話を聞き及ばされたのですか」と問えば、
「ふふふ」とエレオノール。「魔女と聞いて、私がじっとしてられるはずがありませんわ」とのたまう。
「魔女ですか」
瞳をキラキラと輝かせるエレオノールの浮き立つ表情に、これは止まらないとディアーヌは諦めの吐息を漏らす。
領主貴族――諸侯とは、すなわち騎士である。外敵から土地と民を守ることが、第一の存在意義。教養よりも、騎士としての武力と礼節が重んじられる。そんな中でもエレオノールは文武共に秀でるとして、騎士にも劣らぬ武力と、教会司教にも負けぬ教養を誇る。故に少しばかり傲慢で、だからこその迂闊さを併せ持つことを、ディアーヌは経験上、思い知らされている。
「さあ、行きますわよ」
町娘のような身形を整えさせられるのは侍女として複雑な気分であるが、主が上機嫌なので否はない。ディアーヌもまた揃いの格好で、こっそりと侯爵家の王都邸を出る。事情を知るメイドの何人かが手を振るが、ディアーヌは苦い顔で「他言無用」と念を押す。
まず向かったのは、王都でもやや外れにある宿屋。木賃宿と言う程には草臥れておらず、貴族が泊まるには足りないものが多すぎる。個室が取れ、食堂があり、そこそこの商人か使用人が利用する。そこの女将といえば情報通でないわけがない。確かめたのは失踪事件の発生場所と、被害者が生活する場の所在。ついでに町の様子も聞けるだけ聞く。幸いなことに、ここの食堂は貴族家の使用人や商人、泡銭を握った労働者から、好奇心に駆られた下級貴族と幅広い人々に利用されているのだと。それだけ広範な「噂」が集まりやすい。魔女の噂を集めている市井の研究家だと言えば、後を継げない貴族の穀潰しだと理解してくれたようで、金を積めば積むだけ、酒を驕れば驕るだけ、口先滑らかに語ってくれる。「貴方の語る言葉は、私にとって金貨の価値を忘れさせる。話が珍しければ珍しいほど、財布の口は緩くなるだろう」酒の勢いもあったろうが、他で聞かれれば首が飛びかねない話まで。エレオノールは、ほくほくの笑顔で帰路についた。
数日後の夜、エレオノールは、王都の中でも貧民窟と呼ばれる場所にいた。隙間なく建ち並ぶ密集住宅、出身の知れぬ流民が数え切れないほどひしめき暮らす。その合間に不自然なアーチ型の通路。その先はどこにも繋がっていないが、小さな隠し扉があることをエレオノールは知っている。阿片窟。違法ではないが、忌避されるべき習慣。貴族の中にも嵌まっている者がいるが、程度を越えれば立場を失う。狙いはその奥にある、秘密のサロン。エレオノールが率いるは侯爵家の私兵団。本物の騎士の集団であり、正義と忠義のためならば人殺しも厭わない。エレオノールはその先頭に立ち、そして、高らかに告げる。
「突貫!」
雄叫びの如き怒号を挙げもののふ共が雪崩れ込む。
それは地下にある礼拝堂と呼べる荘厳な空間だった。とても阿片窟の奥にあるとも思えない。ただし、中央に据えられる像は神にあらず。悍ましきもの。強いて喩えるなら、黒山羊の貌、蝙蝠の如き翅を持ち、蛇の胴に、軟体生物の触手が数え切れぬほど。それはこの世の生物を模したものではない。そのどれもが敢えて言えばそれに近いと言うだけのもので、そのどの部分にも生物としての確からしさが認められない。この世の理の外、人の理解の及ばぬ世界のモノとしか思えなかった。
「淫祠邪教の徒」
最初に見付けたのは副団長を務める青年。卓越した剣の腕の持ち主で機転も利く、団長の次にだが。ちなみに団長は、
「お嬢さま、あまり近寄りすぎては」
「お嬢さまと呼ばない。団長と呼びなさい」
誰あらぬエレオノールこそが、この団をまとめる長である。
団長たるエレオノールは、副長他数名に囲まれながら、率先して対象に近寄る。
「こんばんは、ご機嫌麗しゅう。昨晩以来でございますわね、婚約者さま。いえ、元婚約者様でしたか」
エレオノールは貴族令嬢らしく、優美に足を引き頭を垂れる。摘まむべきスカートはないので、鎖帷子の上に来た陣羽織の裾を持ち上げる。愛嬌をたっぷり込めて微笑めば、相手はこの上ない苦々しく顔を歪め、
「どうして、この場所が」
そう述べるのが精一杯。驚きと焦り、そして今後の展開への恐怖が見て取れる。
昨夜のあの自信に溢れエレオノールを断罪する居丈高は見る影もない。もっとも、あれですらぎりぎりで張っていた虚勢であろうことは、とうに察していた。
「私の情報源は、メイドのお喋りと、飲んだくれの宿の女将だけではないのですよ」
世間話のように、エレオノールは言う。
「現場がここから近すぎますわ。いかに協力者が多いといえど、意識を失った者を運ぶのは重労働でかつ人目にも付く。何組もの人の手を経るにしても、遠くへは運べない。馬車などもっての外。注目してくれと言っているようなもの。現場を精々散らしたおつもりでしょうが、むしろ悪手。地図上で現場を結べば、指し示すのはこの辺り。そして、王城の抜け穴の内、王子の部屋から伸びる先にあるのが、この場所。堀の周辺にある小さな教会の地下。当時は王家の庶流が司祭を務める教会だったけれど、ここ数代で大きく変様する。王家の守護たる聖なる教会から淫祠邪教の徒へ。阿片窟を経営するのもここの司祭。貴方はまんまとクスリの魅惑に惑わされ、彼らの象徴にまで祭り上げられた。都市計画の古い資料と、王家の初期の伝承、教会内の穏やかならざる噂と実際の金と人の動きを追えば、おおよその筋は察しますわ。後は静かに、着実に、探査の檻を縮め、機を伺い、取り零さぬよう、火の如くに急襲する。我が騎士団の最も得意とするところですわ」
「貴女の好奇心の旺盛なことは知っていた。しかも、脳筋なこの国の騎士や衛士とは違い、頭脳も切れる。知識も豊富で、情報収集に余念がない。だから、私にとって貴女は危険な存在だった。貴女だけが、私を糾弾する可能性があった。逆に言えば、貴女さえ王都にいなければ易々と露見することはない。そう思って、先手を打ったつもりだったのだがな」
「甘いとしか言いようがありませんわね」
「君を殺せれば話は早かったのだが」
「それは無理な相談でしてよ。我が騎士団は王国一。そして私の剣の腕も王国一。何より、情報を集め操る手練手管は、この国唯一と言っても過言とは思いませんもの。脳筋騎士の集まりでは、私を追い詰めることなど夢のまた夢でしてよ」
「確かに、ごもっともだ」
王国の輝ける第四王子、クロヴィス・ド・ヴァロアは大人しく引き立てられ、事件は幕を下ろした。
翌日以降、侯爵家の王都邸は大変な騒ぎに巻き込まれたが、エレオノール自信は、自領に戻る準備に追われ、世間のことには触れずにいた。王家からの怨嗟の籠もった感謝の書状が届いたりもしたが、我関せずを貫く。
「ところで、魔女って何だったのですか」
そもそも切欠であったのに、その後取り沙汰されることもなかったとディアーヌの問うのに、
「あの宿屋の女将の事よ。適当なことを言ってこちらを煙に巻こうとしていた。噂や情報を都合の言い様に歪めたり打ち消したり、偽の証言をしたり、思い込ませたり。かなり好きなようにやってたようね。老け化粧をしていたけど、本当はもっと若い。気付かなかった? 彼女こそが、男爵令嬢ジュリエット・バローその人よ。まさに魔性の女よね」
唖然とするディアーヌに、我が意を得たりところころと笑うエレオノール。
出立の直前、犠牲者の追悼式典に出席し、祈りを捧げた。
犠牲者の遺体は淫祠邪教の徒によって著しく破損され、やむを得ず王家によって火葬された……となっている。嘘はない。が、破損のされ方について語られることはない。多くの人体が、多くの生物と繋ぎ合わされ、人ではないモノを形取られようとしていたこと。その姿が、あの地下施設にあった邪神の像に酷似していたこと。犠牲者が、死者ではなく、切り刻まれ繋ぎ合わされてなお意識を保っていたこと。
そういったことを知るのはほんの一握り。エレオノールですら、実物は見ていない。そのことは、メルクール騎士団と王家の間で厳重に秘される。
この事が表に出ることはない。
王子と男爵令嬢、司祭とその信者は即刻処断され、この世に残る者はない。
事件は、不埒な王子らによる、不埒な遊びの上の悲劇と伝えられ、いずれ風化するだろう。
とある王国の、有能ではあったが後世に凡愚と評される王が、その地位を追われた。次代の王が即位し、多くの貴族がそれを支持し仕えた。貴族の国家への関与が深まり制度が整えられ、商業が集中化し国家が栄えるに付け、「王権」が権威を増す。そんな時代の過渡期に起こった、些細な出来事。
【登場人物】
クロヴィス・ド・ヴァロワ
:優秀なる無能。王と王妃の寵愛を受けるが、婚約者に見放される。
エレオノール・ド・メルクール
:知性的で凛とした、古き良き名門の凄みを体現する侯爵家令嬢。
ジュリエット・バロー
:身の程知らずで欲望に忠実な男爵令嬢。
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