観測魔眼
もみじは思い出す。
つい先日の話を。
その日はいつもと何ら変わりない一日だった。
魔法少女仲間の緑子と寧々華とお昼ご飯を食べていた。そんな時、もみじ以外のスマホが通知を鳴らしたのだ。
それは「魔法少女NET」によるもので、A級上位の者たちには一律に送られてきている物のようだった。
緑子と寧々華は二人で顔を見合わせて神妙な顔をしていた。
そしてそんな二人に疑問を抱いていると、魔法少女雪砂こと、西園寺白亜まで現れた。
普段は別の生徒と行動を共にする彼女にしては珍しい事態。
その光景を一目するだけでもみじにも一大事だと言う事がわかった。
だが、それでもA級上位にしか送られてきてないメッセージであることを考えれば、その情報の秘匿性は高い。
その時のもみじのランクはE級。当然その内容を知ることは出来なかった。
申し訳なさそうに緑子と寧々華はその場を立ち去って、もみじ一人になった。
そもそも、浮かれ過ぎていたのかも知れない。
委員会からのA級魔法少女への一報は、もみじに冷水を浴びせたようなものだった。
ずっと、踏み出せなかった一歩を魔法少女コフィン……いや、比果比五子の後押しを経て踏み出した。
そのおかげで、驚異的なスピードでもみじはランクを上げている。
でも、それは皆が一番最初にするようなことをやっと長い時間をかけてできたと言うだけのことだ。
このまま、要請に従ってインベーダーの討伐をしていればいつかは自分もとそんな軽い気持ちを持っていた。でも、もみじと仲良くしてくれるA級の二人はもっと本気で真剣にやって、今の位置まで食らいつきあがったのだ。
比果比五子だってそうだ。彼女は、魔法少女的な才がとても高いとは言えない。呪いとも言えるインベーダーを引き寄せるような体質を持っていて、何とかそれに対抗しようとしてA級32位にまで上がったのだ。
そして、もみじは魔法少女として活動を出来るようになってせめて肩を並べて戦うことが出来ると考えていた。だが、それは甘い考えだ。
いまだ、彼女らは遠く、もみじが上位のインベーダーを相手取ることはできない。
それなのに、少し楽しくなった日常にうつつを抜かしていたのだと実感する。
「だから、もっと強くならなくちゃ」
変身に伴って顕現したステッキを強く握った。
◆
S級魔法少女に対してだけ解禁されている情報。
その筆頭が観測魔眼だ。
そしてそれは魔法少女統括委員会本部施設の地下に存在した。
「相変わらず暗いね!夜空」
観測魔眼の元へ赴いた魔法少女夜空に一つの声が掛けられる。
「魔法少女春霊……」
「ナノって呼んでくれてもいいのに~」
黒墨とは対照的に明るい性格の少女であり、同じくS級魔法少女であった。
変身していないために、只の女子高生に見える彼女も、この場所にいると言うことが彼女が正真正銘のS級であると表していた。
折って短くなったスカートを揺らすように軽いステップで黒墨に近づいた春霊ことナノは腕を組んでくっつく。黒墨は逃げようとするも、離さない。
「他のS級は?」
「いないよ~。委員会の人たちが態々教えてくれるのに此処に来るのは疑り深い夜空くらいだよ」
「じゃあ、お前は」
「夜空が来ると思ってきたの!」
ぎゅっと胸を押し付けたナノに面倒臭そうに宙を仰いだ黒墨は仕方ないと足を進めた。この少女を引きはがすのは難しいのは知っている。
「でも、いくら気になると言っても態々こんなものみたいなんて夜空くらいじゃないかな~?」
地下にある空間に建つ鳥居を抜けて、見上げるほどの社のような建物の中を覗いてナノは言う。
格子状に組まれた木々の隙間からソレは見えた。
巨大な地蔵のようだった。酷くシンプルな凹凸の少ない最低限のフォルムに見えるそれは、石で作られたものではなかった。
身体よりも肥大化したように見える丸い頭に、二つの穴が開いていた。片方は空洞で、滝のように液体が流れ続け、もう片方には巨大な目玉がはまっていた。
灰色の干からびたような身体とは裏腹にその透き通るような眼玉は目を惹いた。
これが、観測魔眼と呼ばれるものだった。
「ひえぇ~。いつ見てもデカいね」
お化け屋敷に来た少女のようにわざとらしく「こわ~い」と更に黒墨の腕を掴んだ。
「……本当だったみたいだな」
「委員会の人たちは夜空に嘘言わないよ。でも、此処までの反応見たことないね」
ナノの言葉に反応することなく、黒墨は巨大な瞳をのぞき込んだ。
そう何度も見るようなものでもないが、ナノにも変化がありありと分かるほどに変化が見て取れた。
「委員会の予想は百を超える規模のインベーダーの出現だったか?」
「そーだね。世界強度がそれに耐えるだけの高まりの兆しを見せている。だからこそ、今まで内密に行われてた「滿汐」の通知がA級上位に行われる手筈になったんだよね~」
手元に題したスマホをスクロールしたナノの瞳に上位と呼称した魔法少女たちの名前が写った。
「だからこそ、あいつは……」
「ん?」
「いや」
黒墨は無意識に頭の中に魔法少女コフィンこと比果比五子を思い浮かべた。
観測魔眼のことを知っているような言動と行動をとる彼女、A級上位に流されている情報ですら魔眼については触れられていない。委員会が察知していることくらいしか想像はつかないはずだ。
「例えば、S級でもない魔法少女が観測魔眼の存在を知っていたとして、どうやって情報を得ていると思う?」
「……よくわかんないけど。委員会の人と仲良しだったら、とか?」
「……委員会か」
何か考え込む様な様子を見せる黒墨にナノは首を傾げた。
◆
「態々、移動したってことは「滿汐」についてよね」
「ええ。もちろん」
人気のない場所まで移動した緑子が口を開けば、当たり前だと言うように西園寺白亜が頷いた。
「A級上位への事前の情報の通知は今までになかったこと。それは今までS級だけで対応できていた規模には収まらないということでしょう」
白亜が口にしたことは、一報を受けたものたちが一様に推測したことだった。
今までの大規模なインベーダー出現という事態は「滿汐」と名付けられるだけに幾度も起こっている。しかし、これまでの滿汐は白亜の言ったように出現予測事態はされていたのだが、その情報はS級に分類される魔法少女にしか事前に伝えられることはなかった。
その理由は、知性体の一部は魔法少女たちの動向を知ることで行動を変えるだけの知性を持っているためだ。情報を得られて、後手に回ることを防ぎたいと言う思惑があった。
もっと、根本的な話をすれば、迅速かつ少数での討伐を成すためであるのだが。
しかし、真相はどうあれ、S級にだけ送られる一報がA級上位にも送られていると言う事は、S級だけで手に負える事態ではないと委員会は考えているのだろう。
「百。確か委員会はそー言ってたよねぇ」
二人の会話に寧々華のマイペースな言葉が挟まれる。
彼女もまた魔法少女竜星としてこの場にいた。
ふらふらと力の入らない佇まいの彼女は磨かれた爪をいじる。
「ちゃんと聞いていたのね」
「聞いてるよぉ」
「もう」なんて口を膨らませるが、枝毛を探したりスマホをいじっていれば白亜にそう言われるのも仕方のないことだった。
「でもさぁ。もみじちゃんも一緒だったらよかったのにねぇ~」
思い出したように名前を出して同意を得ようと二人を見た。
ただ、それに対して緑子と白亜は首を縦に振ることはない。
「それは無理よ。もみじは最近頑張っているけど、A級どころか近いうちに行けてD級。今回の戦いには参加できないわよ」
「まあ、そっか」
それでも「残念だな~」と寧々華は空を仰いだ。




