“有害コミック”騒動と表現の自由を巡る戦い 第4話:作家たちの反論
作者のかつをです。
第十五章の第4話をお届けします。
沈黙は金ならず。
今回は、追い詰められた作り手たちがいかにして連帯し、社会に対して自らの言葉で語り始めたのか。
その反撃の狼煙を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
出版業界が自主規制へと傾いていくその中で、これまで沈黙を守っていた漫画家たちがついに立ち上がった。
その反撃の狼煙となったのが、1990年に発表された一つの共同声明だった。
藤子不二雄Ⓐ、石ノ森章太郎、さいとう・たかを……
トキワ荘世代から劇画の旗手まで、ジャンルも世代も超えた日本を代表する漫画家たちが連名でその声明に名を連ねた。
そのメッセージはシンプルにして力強かった。
「我々は青少年の健全な育成を願う保護者の皆様のお気持ちを理解します」
「しかし安易な表現規制は思考停止であり、文化の死を意味します」
「漫画から悪影響を受ける子供がいると言うのなら、漫画から夢や希望を受け取っている何百万人もの子供たちの声にも耳を傾けてほしい」
「悪書か良書かを一方的に決めるのではなく、親と子が家庭で対話し考える機会こそが重要なのです」
それは社会からの一方的な批判に対して、作り手たちが初めて真っ向から論理的に、そして感情的にならずに反論した歴史的な瞬間だった。
この声明は大きな波紋を呼んだ。
これまで「漫画=悪」という単純な二元論でしか語られてこなかったこの問題。
そこに初めて、「待てよ、本当にそうだろうか?」という新しい視点が投げ込まれたのだ。
この動きに呼応するように、それまで沈黙していた様々な人々が声を上げ始めた。
評論家や学者たちが、漫画という表現の芸術性や社会的な意義について積極的に発言するようになった。
書店員たちもまた現場の声として立ち上がった。
「我々は特定の価値観を押し付けるのではなく、多様な本を読者に届けるのが仕事だ」
「どの本を手に取るかを決めるのは我々ではない。読者、あなた自身だ」
そして何よりも大きな力となったのが、読者たちの声だった。
「私はあの漫画を読んで勇気をもらった」
「あの過激な描写があったからこそ命の尊さを学んだ」
新聞の投書欄やテレビの討論番組。
様々な場所で漫画を擁護する声が、少しずつ可視化されていった。
ヒステリックな漫画排斥運動の熱狂。
その巨大な炎に冷静な対話の水をかけようとする、小さくしかし確かな動き。
社会はまだ結論を出せずにいた。
しかし少なくとも一方通行だった非難の嵐は終わりを告げようとしていた。
漫画を守るための包囲網。
それは作り手と売り手、そして読み手が一つになった、緩やかでしかし力強い連帯だった。
戦いはまだ終わらない。
しかし彼らはもはや孤独ではなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この時、漫画家たちが共同で声明を発表したというのは、非常に画期的なことでした。普段は個人で活動する彼らが、業界全体の未来のために一つになった歴史的な瞬間だったのです。
さて、社会を巻き込んだ大きな議論へと発展した有害コミック騒動。
その落としどころはどこに見出されたのでしょうか。
次回、「ゾーニングという知恵」。
対立から共存へと向かう、一つの答えが示されます。
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