“有害コミック”騒動と表現の自由を巡る戦い 第3話:PTAからの圧力
作者のかつをです。
第十五章の第3話をお届けします。
外部からの圧力。そして内部からの崩壊。
今回は、出版業界がいかに苦しい立場に追い込まれ、そして苦渋の決断を下すに至ったのか。
その知られざる葛藤を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
社会からの激しい逆風。
その圧力はついに、出版業界の足元を揺るがし始めた。
全国のPTA団体が連名で、大手出版社に対して要望書を突きつけてきたのだ。
その内容はシンプルかつ強烈だった。
「青少年が不健全な漫画に安易に触れることがないよう、出版業界として責任ある自主規制を強く求める」
これはもはや無視できない巨大な声だった。
PTAの後ろには何百万人という保護者がいる。
そしてその子供たちは、まさに漫画雑誌の最大の読者層なのだ。
もし彼らを敵に回せば、雑誌の不買運動へと発展しかねない。
そうなれば会社の経営は致命的なダメージを受ける。
出版社は重大な岐路に立たされた。
「表現の自由」という理想を守り抜くのか。
それとも社会からの要求を受け入れ、「自主規制」という現実的な道を選ぶのか。
大手出版社の経営陣が集まり、連日激しい議論が交わされた。
「我々は作り手の自由な表現を守る砦でなければならない。安易な自主規制は表現の死を意味する」
そう主張する、編集者出身の役員。
「しかしこのままでは会社が潰れるぞ。社会の声を無視することはできない。我々は企業として社会的責任を果たさなければならない」
そう反論する、営業出身の役員。
その議論は決して噛み合うことはなかった。
そして最終的に彼らが下した決断。
それは苦渋に満ちた「妥協」の産物だった。
1991年。
出版業界は共同で、一つの新しい自主規制基準を設けることを発表した。
過激な性描写や暴力描写を含む漫画に対して、「成人向け」のマークを表示し、未成年への販売を自粛するように書店に協力を要請するというものだった。
それは一見すると、社会の要求に応えた賢明な判断のように見えた。
しかし多くの漫画家や現場の編集者たちは、その決定に強い危機感を抱いていた。
「自主規制」という名の始まり。
一度開けてしまったその扉は、これからどこまで開かれていくのだろうか。
「成人向け」の基準は誰がどう決めるのか。
その基準はやがて際限なく拡大していくのではないか。
それは表現の自由を自らの手で少しずつ明け渡していく、長くそして終わりのない坂道を転がり始める最初の小さな一歩に思えた。
沈黙していた作り手たち。
その心の奥底で、小さくしかし確かな怒りの炎が灯り始めていた。
「俺たちの表現の自由は、俺たちの手で守るしかない」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この時制定された「成人向けマーク」は、その後改良を重ね、現在の書店で見られる様々なゾーニング(区分陳列)のルールへと繋がっていきます。功罪はあれど、これが一つの分岐点であったことは間違いありません。
さて、ついに我慢の限界に達した漫画家たち。
彼らは沈黙を破り、反撃の狼煙を上げます。
次回、「作家たちの反論」。
表現の最前線に立つ者たちの、魂の叫びです。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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