“有害コミック”騒動と表現の自由を巡る戦い 第2話:燃やされる雑誌
作者のかつをです。
第十五章の第2話をお届けします。
「焚書」という、文明社会ではあってはならないはずの過激な行為。
今回は、有害コミック騒動がいかにエスカレートし、作り手たちを追い詰めていったのか。
その狂気の時代を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「有害図書から、子供たちを守れ!」
そのシンプルで分かりやすいスローガンは、燎原の火のように全国へと広がっていった。
各地のPTAや地域の団体が、「有害コミック追放運動」を組織し始めたのだ。
彼らは書店を訪れ、店主に対して特定の漫画を店頭から撤去するように圧力をかけた。
「もし陳列を続けるのであれば、この店での不買運動も辞さない」
彼らの言う「有害コミック」の基準は曖昧で、そして独善的だった。
少しでもお色気のあるシーンがあれば「性的描写が青少年の健全な育成を阻害する」と断罪された。
少しでも暴力的なシーンがあれば「残虐性が子供の心を歪める」と糾弾された。
そして、その運動は次第にエスカレートしていく。
ある地域では、地域の広場で「有害図書」と認定された漫画雑誌が山のように積み上げられ、火が放たれた。
燃え盛る炎を前に運動の参加者たちはシュプレヒコールを上げる。
その光景はテレビのニュースで繰り返し報じられた。
まるで中世の魔女狩りのように、漫画はすべての悪の根源であるかのようなヒステリックな空気が社会を覆い尽くしていった。
出版社や編集部は、この突然の嵐になすすべもなかった。
編集部には抗議の電話が鳴り止まない。
「お前たちは子供たちの未来を壊しているんだぞ!」
書店からは悲鳴のような連絡が入る。
「もう怖くて雑誌を店頭に並べられない」
「返品させてくれ」
漫画家たちもまた深く傷ついていた。
子供たちを楽しませたい。
その純粋な思いで描いてきたはずの物語が、なぜこんなにも憎悪の対象にならなければならないのか。
多くの作家がペンを握る手に迷いを生じさせていた。
「もう過激な描写はやめた方がいいのかもしれない」
「社会が求めるような、もっと安全で無難な物語を描くべきなのかもしれない」
「表現の自由」という崇高な理念。
しかしそれは、燃え盛る雑誌の炎と鳴り止まない抗議の電話の前であまりにも無力だった。
漫画という一つの文化が社会の圧力によって歪められ、骨抜きにされてしまうかもしれない。
そんな恐るべき危機が現実のものとして迫っていた。
作り手たちは沈黙を強いられていた。
このまま嵐が過ぎ去るのをただ待つしかないのか。
そんな諦めの空気が業界全体を重く支配していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この漫画排斥運動は、特に80年代後半から90年代前半にかけて全国的な大きなうねりとなりました。一部の自治体では、青少年保護育成条例によって特定の漫画が「有害図書」に指定され、未成年への販売が規制されるという事態にまで発展しました。
さて、社会からの激しいバッシング。
その圧力は、やがて出版業界の内部にまで及んできます。
次回、「PTAからの圧力」。
作り手たちは難しい判断を迫られます。
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