貸本漫画、もう一つのまんが道 第3話:雑誌には描けないもの
作者のかつをです。
第十四章の第3話をお届けします。
表現の自由と経済的な成功。
それはいつの時代もクリエイターにとって永遠のテーマです。
今回は貸本漫画が抱えていたその光と影の両側面を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
貸本漫画の制作現場は、雑誌のそれとは全く異なっていた。
雑誌の漫画家が毎週あるいは毎月十数ページの原稿を描くのに対して、貸本漫画家は一冊百数十ページにも及ぶ長大な「単行本」をいきなり描き下ろさなければならなかった。
そこには連載という安定した形はない。
一本一本が真剣勝負。
面白くなければ次はない。
その過酷なフォーマットが、貸本漫画に独特の物語のスタイルをもたらした。
毎週の読者の反応を気にする必要はない。
だからこそ作家は目先の派手な展開に一喜一憂することなく、自分が本当に描きたい重厚で長大な物語をじっくりと描き切ることができた。
白土三平の『忍者武芸帳』。
それは単なるアクション漫画ではなかった。
マルクス主義の階級闘争の歴史観を色濃く反映した、あまりにも難解で哲学的な大河ドラマだった。
こんな物語が商業的な少年誌で許されるはずがなかった。
しかし貸本の世界ではそれは熱狂的に受け入れられた。
大学生たちがその深遠なテーマに夢中になったのだ。
また貸本漫画はその表現においても、雑誌にはない自由を持っていた。
読者層が少し高めだったこともあり、より過激な暴力描写や性的な描写も許容された。
劇画の作家たちはその自由を最大限に活用し、人間の欲望や狂気を容赦なく描き出した。
それは子供向けの健全な物語からは最も遠い場所にある、ビターでアダルトな世界だった。
しかしその自由の代償はあまりにも大きかった。
貸本漫画の原稿料は驚くほど安かったのだ。
貸本漫画は「原稿買い切り」が基本だった。
出版社は漫画家から原稿を二束三文で買い取り、その後の印税は一切支払われない。
たとえその本が何万部、何十万部と全国の貸本屋で読まれようとも作家の元には一円も入ってこないのだ。
表現の自由。
しかしその裏側にある経済的な搾取。
その矛盾した構造の中で多くの貸本漫画家たちは極貧の生活を強いられていた。
彼らは描いても描いても決して豊かにはなれなかった。
ただ描きたいという純粋な衝動だけを燃料にして、その日暮らしのペンを走らせていた。
雑誌という表舞台の華やかな光。
その光が届かない路地裏で、名もなき天才たちが魂を削りながらもう一つの豊かでしかし哀しい漫画の歴史を紡いでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「原稿買い切り」というシステムは当時の貸本出版社の多くが採用していました。このシステムがあったからこそ出版社はリスクを恐れず、無名の尖った才能を次々と世に送り出すことができたという側面もあります。
さて、そんな極貧生活の中からやがて日本を代表する国民的漫画家が生まれることになります。
次回、「怪奇と忍者とアウトロー」。
貸本漫画が生んだ偉大なスターたちに光を当てます。
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