トキワ荘、まんが道が生まれた部屋 第2話:テラさんのルール
作者のかつをです。
第二章の第2話をお届けします。
どんな組織にもその「空気」を作るキーパーソンが存在します。
今回はトキワ荘の知られざるリーダー、寺田ヒロオの存在に光を当てました。
彼の優しさがなければ後の巨匠たちは生まれなかったかもしれません。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
トキワ荘に一人また一人と若き漫画家たちが集い始めた。
藤子不二雄の部屋には毎日のように仲間たちが顔を出し、さながらグループの司令塔のようになっていた。
しかしこの若者だらけの城には一つの大きな問題があった。
彼らはプロの漫画家であると同時にまだ世間知らずの若者だったのだ。
夜通し騒いだり麻雀に興じたり。一歩間違えればそこはただの無法地帯と化していただろう。
そんな彼らを優しくそして厳しく見守っていたのが、トキワ荘の最初の住人、寺田ヒロオだった。
仲間たちは親しみを込めて彼を「テラさん」と呼んだ。
テラさんはトキワ荘の精神的な支柱であり父親のような存在だった。
彼は住人たちの間にいくつかの暗黙のルールを作った。
一つ、仕事の邪魔は絶対にしないこと。
締め切り前の漫画家の部屋は聖域である。たとえ親友であろうと足を踏み入れてはならない。
一つ、新しい漫画雑誌が発売されたら皆で回し読みすること。
互いの作品を遠慮なく批評し合い最新の表現を共に研究する。
そして最も重要なルール。
もし仲間が本当に困っている時は見て見ぬふりをせず必ず手を差し伸べること。
彼の作るその温かい「空気」が、トキワ荘を単なるアパートではなく才能が育つ特別な「インキュベーター(孵化器)」へと変えていった。
「藤子くんのこのキャラクターの表情は素晴らしいな」
「いやあ、テラさんの描く子供の仕草にはいつも敵いませんよ」
共同炊事場では毎晩のように漫画談義に花が咲いた。
そこにはライバルとしての健全な競争心と、同じ夢を追う同志としての温かい連帯感が奇跡的なバランスで共存していた。
手塚治虫というあまりにも巨大な太陽が去った後。
トキワ荘の若木たちはテラさんという穏やかな光を浴びながら、互いに寄り添い励まし合いそれぞれの未来へと続く枝を伸ばし始めていた。
この緩やかで温かい共同体。
その精神こそがやがて日本の漫画制作の根幹を成す「アシスタントシステム」の魂の土台となっていくのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
寺田ヒロオは野球漫画『スポーツマン金太郎』などのヒット作を持つ当時の人気漫画家でした。リーダーでありながら誰よりも仲間たちの才能を認めその成長を心から喜んでいたと言われています。
さて、テラさんが作った温かい空気の中。
若き天才たちはある「遊び」に夢中になっていきます。
次回、「合作という名の遊び」。
その遊びの中に未来の漫画制作システムの重要なヒントが隠されていました。
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