貸本漫画、もう一つのまんが道 第2話:闇市の片隅で
作者のかつをです。
第十四章の第2話をお届けします。
光があれば影がある。
今回は大手出版社の明るい児童漫画とは対極にあった、貸本漫画のダークでアナーキーなもう一つの顔に光を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
貸本屋の薄暗い棚。
その奥の方には子供たちの背の届かない場所に、もう一つの世界が広がっていた。
それは大人向けの貸本漫画の世界だった。
その読者層は子供たちとは全く違っていた。
戦後の焼け跡、闇市の中から裸一貫で成り上がってきた労働者たち。
彼らは日々の過酷な労働の疲れを癒す、安価で刺激的な娯楽を求めていた。
彼らが求めたのは手塚治虫が描くような夢と希望に満ちたファンタジーではなかった。
もっと生々しく、もっと自分たちの生きる現実に近い骨太な物語だった。
その読者たちの渇望に応えるように、貸本漫画の世界は独自のダークな進化を遂げていく。
貸本専門の中小出版社には、大手出版社のような厳しい自主規制や倫理規定はほとんど存在しなかった。
編集者は若き漫画家たちにこう言った。
「とにかく面白ければ何でもいい。売れれば何を描いてもいいんだ」
その自由でアナーキーな土壌。
そこは商業誌では決して描けないような、過激で実験的な表現が許される無法地帯だったのだ。
やくざの抗争。
貧困にあえぐ人々の絶望。
そして男女の愛憎が渦巻くエロティシズム。
そうした社会の光の当たらない部分を描くことで、貸本漫画は熱狂的な読者の支持を集めていった。
そしてこのアンダーグラウンドな世界こそが、後の漫画界を背負って立つ多くの異端の才能たちを育む揺りかごとなった。
彼らは手塚治虫という太陽の光が届かない薄暗い場所で、自分たちだけの表現の牙を研いでいた。
さいとう・たかをはここでハードボイルドな銃のアクションを描き、後の『ゴルゴ13』の原型を作り上げた。
水木しげるはここで誰も見向きもしなかった日本の妖怪たちを紙の上に蘇らせ、『ゲゲゲの鬼太郎』の礎を築いた。
白土三平はここで差別に苦しむ忍者たちの壮絶な階級闘争を描き、『カムイ伝』という不滅の金字塔を打ち立てた。
彼らは皆、貸本漫画というもう一つの「まんが道」からそのキャリアをスタートさせた叩き上げの雑草たちだった。
大手出版社という表の舞台とは全く別の場所で。
もう一つの豊かで、そして少しだけ危険な匂いのする漫画の生態系が、確かにそこには存在していたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この貸本漫画の自由な表現の土壌がなければ、後の「劇画」という一大ムーブメントも生まれなかったかもしれません。まさにすべての表現はアンダーグラウンドから生まれる、という好例ですね。
さて、貸本漫画家たちは雑誌の漫画家とは全く違う過酷な環境で戦っていました。
次回、「雑誌には描けないもの」。
貸本漫画ならではの制作の舞台裏に迫ります。
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




