貸本漫画、もう一つのまんが道 第1話:十円で読む物語
作者のかつをです。
本日より、第十四章「駅のホームの忘れもの ~貸本漫画、もう一つのまんが道~」の連載を開始します。
今回の主役は、今ではその姿をほとんど消してしまった「貸本屋」。
そして、そこで育まれたもう一つの豊かで少しダークな漫画文化の物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
私たちはスマートフォン一つで古今東西のあらゆる漫画を、指先一つで楽しむことができる。
月額数百円を払えば何万冊もの物語が読み放題になる。
漫画は空気のように当たり前に私たちの周りに存在している。
しかし、かつて紙の漫画そのものがまだ貴重品だった時代があった。
なけなしの小遣いを握りしめ、子供たちが目を輝かせながら一冊の本を借りに行った、あの場所の記憶を知る者は少ない。
これは、週刊誌の光が届かない路地裏の薄暗がりで、もう一つの豊かで自由な漫画文化を育んだ、「貸本屋」とそこから巣立っていった名もなき開拓者たちの知られざる物語である。
物語の始まりは戦後の復興期、1950年代。
まだテレビも家庭に普及しておらず、子供たちの最高の娯楽は「読書」だった。
しかし本は高かった。
特に手塚治虫が描くような豪華な単行本は、子供が気軽に買えるようなものではなかった。
そんな子供たちの渇望の受け皿となったのが、街のどこにでもあった小さな「貸本屋」だった。
駄菓子屋の片隅。
タバコ屋の隣。
薄暗い店内にぎっしりと並べられた漫画の単行本。
一冊十円。
その魔法の料金を払えば、子供たちは一日夢の世界を旅することができた。
貸本屋は単なる本屋ではなかった。
そこは子供たちのコミュニティであり、情報交換の場であり、そして秘密基地だった。
友達と肩を寄せ合い、ページの隅々まで食い入るように物語をむさぼり読む。
読み終えた後、ああでもないこうでもないと物語の続きを想像して語り合う。
その熱気の中から一つの巨大な市場が生まれていた。
「貸本漫画」市場である。
大手出版社とは全く別の、中小の出版社がこの貸本屋でレンタルされることだけを目的に、次々と新しい漫画を出版していたのだ。
その世界は大手出版社の明るく健全な児童漫画とは全く違う、独自の進化を遂げていくことになる。
週刊誌という巨大な光が日本の漫画界を照らし出す、そのほんの少し前。
路地裏の薄暗がりの中で、もう一つの知られざる「まんが道」が確かに始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十四章、第一話いかがでしたでしょうか。
貸本屋は最盛期には全国に3万軒以上も存在したと言われています。まさに戦後の日本の地域コミュニティの中心地の一つだったのです。
さて、子供たちの楽園だった貸本屋。
しかしその棚には子供向けとは到底言えないもう一つの顔がありました。
次回、「闇市の片隅で」。
貸本漫画がなぜ過激で自由な表現の揺りかごとなったのか、その秘密に迫ります。
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