ガンダムという名の革命 第5話:再放送とプラモデル
作者のかつをです。
第十三章の第5話をお届けします。
一度は死んだはずのコンテンツがファンの力で奇跡の復活を遂げる。
今回はガンダムの歴史における最もドラマチックな逆転劇のクライマックスを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
アニメ雑誌が灯した小さな火。
その火はやがてテレビ局の重い扉をこじ開けることになる。
「ガンダムをもう一度観たい!」
ファンの熱烈な要望の声に押される形で、名古屋テレビが異例の決断を下した。
打ち切りになったはずの『機動戦士ガンダム』の「再放送」である。
平日の夕方。
その本放送よりも遥かに良い時間帯で再放送されたガンダムは、奇跡を起こした。
視聴率は驚異的な数字を叩き出した。
本放送の何倍もの子供たちがブラウン管の前にかじりついていた。
一度火が付いたファンの熱狂は口コミで次々と新しいファンを生んでいたのだ。
そしてその熱狂にもう一つの巨大な油を注ぐ出来事が起きる。
バンダイ模型(当時)による「ガンプラ」の発売である。
スポンサーだったクローバーがガンダムの玩具で大失敗した後。
どの玩具メーカーもガンダムの商品化には二の足を踏んでいた。
しかしバンダイの若い開発者たちは水面下で燃え盛るガンダムの熱狂に気づいていた。
彼らが企画したのはこれまでの子供向けロボット玩具とはまったく違う新しいコンセプトの商品だった。
それはアニメの劇中に登場するモビルスーツをミリタリーモデルのようなリアルなスケール感でプラモデル化するというものだった。
接着剤でパーツを組み立て自分の手で色を塗る。
それはもはやただの「おもちゃ」ではなかった。
ガンダムのリアルな世界観を自分の手で追体験できる「模型」だったのだ。
1980年7月。
「1/144スケール ガンダム」が300円という価格で発売された。
その反響は凄まじかった。
ガンプラは発売と同時に全国の模型店から姿を消した。
子供たちはなけなしの小遣いを握りしめ、ガンプラを求めて店から店へと走り回った。
社会現象「ガンプラブーム」の始まりである。
再放送による人気の爆発。
そしてガンプラという空前の大ヒット。
二つの巨大な翼を手に入れたガンダムはもはや誰にも止められない巨大なムーブメントとなっていた。
富野たちが命がけで描いたリアルな物語。
その本当の価値に時代がようやく追いついたのだ。
打ち切りという最大の屈辱から一年。
『機動戦士ガンダム』は不死鳥のように灰の中から蘇った。
いや、かつてよりも遥かに力強く美しく大空へと羽ばたいたのだ。
その奇跡の復活劇を成し遂げたのは作り手ではなかった。
作品を誰よりも愛した「ファン」の熱い熱い力だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ガンプラブームの熱狂は本当にすさまじいものでした。当時の子供たちは皆ガンダムのプラモデル作りに夢中になりました。この模型文化との幸福な出会いがガンダムという作品をさらに奥深いものにしたのです。
さて、ついに国民的コンテンツへと上り詰めたガンダム。
その革命の炎は現代の私たちにどう繋がっているのでしょうか。
次回、「立てよ国民!(終)」。
第十三章、感動の最終話です。
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