ガンダムという名の革命 第3話:これは戦争だ
作者のかつをです。
第十三章の第3話をお届けします。
『機動戦士ガンダム』がいかにそれまでのロボットアニメの常識を破壊したか。
今回はそのあまりにも革新的な作風と、それがいかに当時の子供たちに受け入れられなかったかという皮肉な現実を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1979年4月7日。
テレビ朝日系列で、毎週土曜日の午後5時半。
『機動戦士ガンダム』の放送が始まった。
その第一話を見て、日本中の子供たちは戸惑いを隠せなかった。
そこに映し出されていたのは、いつもの勧善懲悪のロボットアニメとはまったく違う、異質な世界だったからだ。
物語は正義のヒーローの華々しい登場では始まらない。
主人公の少年アムロ・レイが住む平和な宇宙コロニーが、突如敵であるジオン軍のモビルスーツ「ザク」の襲撃を受けるという、絶望的なシーンから始まる。
大人は無惨に死んでいき、少年は生き残るために、偶然乗り込むことになったガンダムの操縦席で恐怖に泣き叫ぶ。
「父さんにもぶたれたことないのに!」
必殺技の名前を叫ぶこともない。
ただ無我夢中でビームライフルを乱射し、敵のザクを撃破する。
しかしそこには勝利の爽快感はない。
あるのは初めて人を殺してしまったという、生々しい罪悪感だけ。
それはもはや子供向けのヒーローごっこではなかった。
紛れもない「戦争」の現実だった。
富野喜幸はスポンサーの要求を呑むふりをしながら、巧みに自分たちの本当に描きたいテーマを作品のあらゆる細部に忍び込ませていた。
敵であるジオン軍。
彼らは決して単純な悪の組織ではなかった。
宇宙移民の独立を勝ち取るという、彼らなりの「正義」を掲げていた。
シャア・アズナブルという仮面のライバルは、主人公のアムロ以上に魅力的でカリスマ性に満ち溢れていた。
ガンダムは無敵のスーパーロボットではなかった。
弾が切れれば補給しなければならない。
壊れれば修理が必要な一つの「兵器」として、徹底的にリアルに描かれた。
このあまりにもリアルでシリアスな物語。
それはメインターゲットであるはずの低年齢の子供たちには難解すぎた。
彼らが求めていたのは、マジンガーZのような単純明快なヒーローの活躍だったからだ。
スポンサーのクローバーが発売したガンダムの玩具も全く売れなかった。
安彦良和がデザインしたシャープでミリタリー色の強いモビルスーツ。
その魅力は子供たちにはまだ届かなかった。
視聴率は低迷を続けた。
名古屋地区では3%台という絶望的な数字を記録した。
富野たちの革命は、あまりにも時代を先取りしすぎていた。
彼らが命がけでブラウン管に叩きつけた熱い熱いメッセージ。
それは誰の心にも届くことなく、虚しく宇宙の闇に消えていくかに思われた。
スポンサーからの怒りの電話が、サンライズの事務所に鳴り響く。
「話が違うじゃないか!」
そしてついに非情な宣告が下される。
番組の打ち切りである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
スポンサーのクローバーは当初、ガンダムの玩具を他のスーパーロボットと同じように派手な原色で塗装し、合体変形するギミックを付けて発売しました。これが全く売れなかったのです。彼らはガンダムの本当の価値を最後まで理解できませんでした。
さて、ついに打ち切りという絶望的な宣告を受けたガンダム。
しかしその灰の中から、奇跡の逆転劇が始まります。
次回、「視聴率という名の敗北」。
しかしその水面下で新しい「熱」が生まれようとしていました。
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