ガンダムという名の革命 第1話:無敵のロボットたち
作者のかつをです。
本日より、第十三章「ガンダムという名の革命 ~おもちゃを売るためのアニメは、もうやらない~」の連載を開始します。
今回の主役は、もはや説明不要の国民的コンテンツ「機動戦士ガンダム」。
しかしその始まりは、商業主義への若者たちの痛切な反逆にありました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
お台場の潮風公園に、実物大の巨大なロボットが大地を踏みしめて立っている。
そのあまりにも精巧でリアルな姿。それは単なるアニメのキャラクターではなく、一つの文化の象徴としてそこに存在している。
私たちは、そのロボットを「モビルスーツ」と呼ぶ。
それは正義のヒーローが乗り込む無敵のスーパーロボットではない。
戦争という非情な現実の中で、兵士たちが乗り込む量産型の「兵器」である。
しかし、その「リアルロボット」という概念がかつては存在しなかった。
「アニメのロボット=子供のおもちゃ」という強固な常識を、たった一握りの若者たちが自らの魂を燃やして破壊した、知られざる革命の物語である。
これは、巨大な商業主義の奔流に抗い、自分たちが本当に描きたい物語を追い求めた名もなき開拓者たちの物語だ。
物語の始まりは1970年代後半。
日本のアニメ界は、「巨大ロボットアニメ」の空前の大ブームに沸いていた。
そのすべての始まりは、永井豪が生み出した怪物『マジンガーZ』だった。
少年が巨大なロボットに乗り込み、必殺技の名前を叫び、悪の機械獣を木っ端微塵に破壊する。
そのシンプルで痛快なカタルシスに子供たちは熱狂した。
そしてその熱狂は、そのまま玩具の売上へと直結した。
手塚治虫が『鉄腕アトム』で発明した「アニメはおもちゃを売るためのコマーシャル」というビジネスモデル。
それはこの巨大ロボットアニメの時代に、その究極の完成形を迎えていた。
アニメ制作会社は、スポンサーである玩具メーカーの忠実な下僕だった。
物語の内容、ロボットのデザイン、新しい武器の登場タイミング。
そのすべてが、おもちゃの販売スケジュールによって決定された。
作り手たちの創造の自由など、そこにはほとんど存在しなかった。
そんな商業主義にどっぷりと浸かったアニメ業界の片隅で、一つの小さなスタジオが異様なまでの熱気を放っていた。
その名は、「日本サンライズ」。
彼らもまた下請けとして、数々のロボットアニメを手がけていた。
しかしそこに集った若きクリエイターたちの心には、一つの燃えるようなフラストレーションが渦巻いていた。
その中心にいたのが、監督の富野喜幸(後の由悠季)。
そしてキャラクターデザイナーの、安彦良和だった。
「いつまでこんなおもちゃのCMを作り続けなければならないんだ」
「俺たちが本当に描きたいのは、こんな子供騙しの物語じゃない」
「戦争の痛みや悲しみ、その中で生きる等身大の人間のドラマを描きたいんだ」
彼らのそのあまりにも青臭く、しかし切実な叫び。
それがやがてアニメの歴史を永遠に変えてしまう、一本の革命的な作品の胎動へと繋がっていく。
無敵のロボットの時代に終わりを告げる鎮魂歌。
そしてリアルロボットの時代の幕開けを告げる産声。
そのすべての始まりが、この名もなきスタジオの熱気の中にあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十三章、第一話いかがでしたでしょうか。
日本サンライズは、もともと手塚治虫の虫プロから独立したメンバーが中心となって設立されたスタジオでした。彼らの魂の中には、アトムから続くアニメへの熱い情熱と、商業主義への複雑な思いが常に流れていたのです。
さて、現状への不満を爆発させた若きクリエイターたち。
しかし彼らの前に、スポンサーというあまりにも巨大な壁が立ちはだかります。
次回、「おもちゃ屋からの要求」。
理想と現実の激しい衝突が始まります。
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