鉄腕アトム、お茶の間へ 第7話:テレビの前の子どもたち(終)
作者のかつをです。
第十二章の最終話です。
一つの作品がいかにして文化となり産業となりそして次の世代の心を育てていったのか。
壮大な歴史の繋がりを感じていただけたら嬉しいです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
手塚治虫と虫プロの若者たちが命を削って創り上げた『鉄腕アトム』。
その4年間にわたる長い戦いは日本の文化と社会に計り知れないほど大きな遺産を残した。
彼らが発明した「リミテッド・アニメ」という独自の表現技法。
それは後のすべてのアニメーターたちに受け継がれ磨き上げられ、やがて「ANIME」という世界に冠たる日本の代名詞となった。
彼らがゼロから築き上げた「キャラクタービジネス」という革命的なビジネスモデル。
それはアニメや漫画というコンテンツ産業が巨大な経済的価値を持つことを世に知らしめた。
しかし彼らが後世に残した最も尊い遺産。
それは目に見える技術やシステムではなかったのかもしれない。
それはブラウン管の前にかじりついていた子供たちの心の中に、確かに灯された一つの小さな「光」だった。
アトムはただの強いロボットではなかった。
彼は悩み苦しみそして人間とロボットの架け橋になろうとした優しき哲学者だった。
人種差別、環境破壊、科学の暴走。
手塚治虫は子供向けのロボットアニメというその器の中に、驚くほど深く普遍的なメッセージを忍ばせていた。
毎週テレビの前でアトムの活躍に胸を熱くした子供たち。
彼らは無意識のうちにその手塚のメッセージを受け取っていた。
科学への夢と希望。
そしてその光の裏側にある影への想像力。
その子供たちの中からやがて本物の科学者が生まれ、技術者が生まれ、そして新しい物語を創り出すクリエイターたちが生まれていく。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場したあの会社員。
彼は休日の午後、自分の子供と一緒に古いアニメのリマスター版を観ている。
それは半世紀以上も前に作られた白黒の『鉄腕アトム』だった。
彼は知らない。
今自分が当たり前のように楽しんでいるこの「毎週テレビでアニメを観る」という幸福な時間が。
かつて漫画の神様が会社の存亡を賭けて戦い抜いた無謀な挑戦の賜物だということを。
徹夜とリテイクの嵐の中、名もなき若きアニメーターたちが命を燃して繋いだフィルムの結晶だということを。
歴史は遠い資料室の中にあるのではない。
私たちが子供の頃に胸を熱くしたあのヒーローの記憶の中に確かに息づいているのだ。
画面の中でアトムが空を飛ぶ。
そのシンプルで力強い姿に子供が歓声を上げた。
その屈託のない笑顔。
それこそが手塚治虫がたった一人でブラウン管の向こう側に届けたかった未来への祈りだったのかもしれない。
(第十二章:鉄腕アトム、お茶の間へ ~日本初のTVアニメシリーズ制作秘話~ 了)
第十二章「鉄腕アトム、お茶の間へ」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
虫プロダクションは残念ながら『鉄腕アトム』の成功の後も経営の悪化を止めることはできず、1973年に倒産してしまいます。しかしそこから巣立った多くのアニメーターたちがその後の日本のアニメ界を力強く支えていくことになるのです。
さて、神様が切り拓いたテレビアニメの道。
次なる物語はその道の上で神様の作った「常識」に敢然と反旗を翻した若き天才たちの物語です。
次回から、新章が始まります。
**第十三章:ガンダムという名の革命 ~おもちゃを売るためのアニメは、もうやらない~**
スポンサーの言うことは絶対。
そのアニメ業界の鉄の掟を打ち破り自分たちが本当に描きたいリアルな戦争の物語を描こうとした男たちがいました。
その革命の名もなき戦いが始まります。
引き続き、この壮大な漫画創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると第十三章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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