鉄腕アトム、お茶の間へ 第5話:赤字を埋める方法
作者のかつをです。
第十二章の第5話をお届けします。
今では当たり前の「キャラクタービジネス」。
そのすべての原型をたった一人で作り上げてしまった手塚治虫のもう一つの経営者としての天才性に光を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
『鉄腕アトム』はテレビの世界で空前の大ヒットを記録していた。
しかしその裏側で虫プロの経営は破綻寸前だった。
作れば作るほど赤字が膨らんでいくという絶望的な構造。
社員たちは不安だった。
このままでは会社はいつか必ず潰れる。
しかし社長である手塚治虫だけはどこか涼しい顔をしていた。
彼には誰も知らない秘密の「錬金術」があったのだ。
その錬金術の名は、「マーチャンダイジング」。
キャラクターの商品化である。
彼はアニメ制作の契約を結ぶ際にスポンサーである製菓会社に一つの、cunning(狡猾)な条件を付け加えていた。
「アニメの制作費は破格の安値で結構です」
「その代わり、鉄腕アトムというキャラクターを商品化する権利は、すべて我が社、虫プロが独占させていただきます」
当時のテレビ業界ではまだキャラクターの商品化というビジネスモデルは確立されていなかった。
スポンサーはアニメの番組内で自社の名前が宣伝されればそれで満足だった。
彼らはその一見些細に見える条件の本当の価値に気づいていなかったのだ。
手塚は気づいていた。
毎週テレビでアトムの活躍に熱狂している子供たち。
彼らはただ物語を観るだけでは満足できなくなるはずだ。
アトムのおもちゃが欲しい。
アトムの絵が描かれた文房具が欲しい。
アトムのシールが欲しい。
その子供たちの純粋な「所有欲」が巨大な金のなる木になることを彼は確信していた。
アニメの放送が始まると手塚の予想は完璧に的中した。
スポンサーだった明治製菓から発売された「マーブルチョコレート」。
そのおまけとして付いていたアトムのシールが子供たちの間で爆発的な争奪戦を巻き起こしたのだ。
その熱狂を目の当たりにした玩具メーカーや文房具メーカーが虫プロの事務所に殺到した。
「ぜひ我が社にもアトムを使わせてください!」
手塚は微笑んだ。
すべては彼の計算通りだった。
虫プロにはキャラクターライセンスの使用料が雪崩のように流れ込んできた。
その莫大な収入がアニメ制作の絶望的な赤字を補って余りあるほどの利益を会社にもたらしたのだ。
アニメ本編は赤字でもいい。
それはキャラクターを日本中の子供たちのヒーローにするための最高の「コマーシャル」なのだ。
そしてそのキャラクターという無形の資産が未来永劫会社に富をもたらしてくれる。
このあまりにも先進的なビジネスモデル。
それこそが手塚治虫が隠し持っていた最後のそして最強の魔法だった。
彼は偉大な芸術家であると同時に冷徹な計算のできる天才的な経営者でもあったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この『鉄腕アトム』の成功によって日本のアニメは「おもちゃを売るための30分間のコマーシャル」という側面を強く持つことになります。このビジネスモデルが後の巨大ロボットアニメのブームへと直接繋がっていくのです。
さて、ついにビジネスとしても大成功を収めた『鉄腕アトム』。
その鉄の腕は日本の子供たちに何をもたらしたのでしょうか。
次回、「マーチャンダイジングの誕生」。
アトムが社会に与えた光と影を描きます。
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