鉄腕アトム、お茶の間へ 第2話:週一放送という無謀
作者のかつをです。
第十二章の第2話をお届けします。
「安い、早い、でも面白い」。
日本のアニメのDNAともいえるこの独特のスタイルが、いかにして逆境の中から生まれてきたのか。
今回はその誕生前夜の苦悩を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
手塚治虫の「週一、30分のアニメ」という構想は、当時のアニメ業界のあらゆる常識を根底から覆すものだった。
まず立ちはだかったのが「予算」の壁だった。
当時の一般的なテレビ番組の制作費は、30分番組でおよそ250万円。
しかし手塚がスポンサーである製菓会社に提示された金額は、その五分の一、わずか55万円だった。
「55万円で30分のアニメを?」
虫プロの経理担当者は頭を抱えた。
東映動画が数億円の予算をかけて一本の映画を作っているのだ。
どう計算しても採算が合うはずがない。
一本作るたびに数百万の赤字が垂れ流しになることは、火を見るより明らかだった。
「先生、これでは会社が潰れてしまいます!」
しかし手塚は動じなかった。
「いいんだ。最初は赤字でいい。僕には別のところで儲ける算段がある」
その謎の自信に、社員たちは首を傾げるしかなかった。
そしてもう一つの、さらに絶望的な壁。
それが「時間」だった。
ディズニーや東映動画が採用していた「フルアニメーション」方式。
それは一秒間に24枚の絵をすべて違う絵で描くことで、滑らかな動きを生み出す贅沢な手法だった。
この方式で毎週30分の番組を作るなど、物理的に絶対に不可能だった。
「常識通りにやっていては勝てない」
「我々はまったく新しい発明をするしかないんだ」
手塚はスタッフたちを集め宣言した。
彼は漫画の世界でそうしてきたように、アニメの世界でも革命を起こそうとしていた。
少ない枚数でいかにキャラクターが生き生きと動いているように「見せる」か。
彼はいくつかの大胆なアイデアを思い描いていた。
口だけをパクパクと動かす。
歩くシーンは同じ動きの絵を何度も繰り返す。
カメラワークで視点を動かし、絵が動いているように錯覚させる。
それは芸術性を追求するフルアニメーションとは全く違う思想。
限られた予算と時間の中で最大限の効果を生み出すための、徹底的に合理化された「だまし絵」の技術。
「リミテッド・アニメ」
後にそう呼ばれることになる日本のアニメ独自の表現技法。
その発明の瞬間が近づいていた。
それは貧しさの中から知恵を絞って生まれた苦肉の策だった。
しかしその苦肉の策こそがやがて「ANIME」という世界で唯一無二のクールな文化を生み出すことになる、偉大な第一歩だったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
手塚治虫が提示された55万円という制作費。この「アトム価格」がその後長く、日本のアニメ業界の低賃金・長時間労働という構造的な問題の元凶になったという批判もあります。まさに功罪相半ばする神様の決断でした。
さて、ついに産声を上げる「リミテッド・アニメ」。
その具体的な、驚くべき「発明」の数々とは。
次回、「リミテッドアニメという発明」。
知られざるアニメ制作の舞台裏に迫ります。
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