コミックマーケット、たった32のサークルから 第7話:米沢嘉博の夢
作者のかつをです。
第十一章の第7話をお届けします。
巨大なイベントを率いることの重圧と孤独。
今回はコミックマーケットの精神的支柱であった米沢嘉博の知られざる人物像と、その熱い想いに光を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
コミックマーケットは巨大になった。
しかしその巨大さ故に常に社会からの好奇と批判の目に晒され続けた。
「あんなオタクたちの気持ち悪い祭りがなぜ公共の施設で許されるんだ」
「著作権を無視した無法地帯じゃないか」
そのすべての矢面に立ち続けたのが準備会代表の米沢嘉博だった。
彼はその穏やかな学者然とした風貌とは裏腹に、鋼のような強い意志を持っていた。
彼が生涯をかけて守り抜こうとしたもの。
それはコミケという「場」そのものだった。
彼にとってコミケは単なる同人誌の即売会ではなかった。
それは年に二度だけ現れる誰もがありのままの自分でいられる魔法の空間。
「ハレの日」の祝祭だった。
普段は学校や職場で自分の「好き」を隠して生きている多くの人々。
彼らがこの日だけは胸を張って自分の「好き」を大声で語り、同じ「好き」を持つ見ず知らずの仲間と出会える場所。
その尊い「場」を彼は何よりも大切にした。
彼は著作権の問題にも真摯に向き合った。
二次創作は原作への愛とリスペクトがあってこそ成り立つデリケートな文化だ。
彼は出版社や作家たちと粘り強く対話を重ね「黙認」という絶妙な日本的なバランス感覚の上にこの文化を花開かせた。
彼は決して儲けようとはしなかった。
準備会はあくまで非営利のボランティア団体であり続けた。
彼自身も大学で教鞭を執りながらほとんど無給でこの巨大な祭りの運営にその人生を捧げた。
なぜそこまでできたのか。
彼もまた一人のどうしようもない漫画好きだったからだ。
無名の才能の原石がこの場所から発見され、やがてプロの世界へと羽ばたいていく。
その奇跡の瞬間に立ち会うこと。
CLAMPやTYPE-MOONのようにこの場所から新しい文化が生まれていく、その熱気を肌で感じること。
それこそが彼にとって最高の報酬だった。
彼は夢見ていた。
コミケという「場」が百年、二百年と続いていくことを。
どんなに時代が変わろうとも。
人々が「好き」という気持ちを表現し共有できる自由な広場があり続けることを。
そのあまりにも大きくそして純粋な夢。
それこそが米沢嘉博という一人の男が私たちに遺してくれた最も尊い遺産だったのかもしれない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
米沢嘉博は2006年に53歳という若さでこの世を去りました。しかし彼の遺した「場」を守るという強い意志は今のコミックマーケット準備会にも確かに受け継がれています。
さて、一人の男が生涯をかけて守り抜いた熱狂の「場」。
その壁の向こうの物語は現代の私たちにどう繋がっているのでしょうか。
次回、「あなたの好きな一冊(終)」。
第十一章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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