コミックマーケット、たった32のサークルから 第6話:晴海、そしてビッグサイトへ
作者のかつをです。
第十一章の第6話をお届けします。
コミケの会場の変遷と、その中で起きた二次創作文化の爆発。
今回はコミケがいかにして現代のあの巨大な「お祭り」の形へと成長していったのか。その激動の時代を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
コミックマーケットの歴史は、会場探しの苦難の歴史でもあった。
小さな会議室から始まった彼らの旅は次に川崎市民プラザへ、そして横浜産貿ホールへと少しずつその規模を大きくしていった。
そして1981年。
彼らはついに一つの伝説的な「聖地」へとたどり着く。
東京国際見本市会場。通称、「晴海」である。
東京湾に面したそのだだっ広い展示場。
それは彼らが初めて手に入れた本格的な巨大空間だった。
この晴海への移転と時を同じくして、コミケのもう一つの巨大なうねりが始まっていた。
「二次創作」文化の爆発的な隆盛である。
その引き金となったのが『キャプテン翼』と『聖闘士星矢』だった。
この二つの作品が当時の少女たちの心を完全に鷲掴みにした。
彼女たちは原作の熱い友情物語の中に、それとは少しだけ違う友情以上の特別な「絆」を見出した。
そしてその自分たちだけの解釈を漫画という形で表現したいという、抑えがたい衝動に駆られたのだ。
女性向けのパロディ同人誌。
後の「やおい」や「ボーイズラブ(BL)」の源流となる巨大な文化がこの時産声を上げた。
晴海の会場はそれまで男性中心だったコミケの客層を一変させた。
キラキラとした目でお目当ての同人誌を探し求める何万人もの女性参加者たち。
彼女たちの圧倒的な熱量がコミケをさらに巨大な怪物へと育て上げていった。
批評の場として始まったコミケ。
しかしその主役はいつしか原作への愛とリスペクトに満ちた「二次創作」へと完全に移り変わっていた。
晴海の時代は15年続いた。
そこは多くの参加者にとって青春のすべてが詰まった約束の場所だった。
しかしその熱狂もまた限界に達していた。
参加者数は20万人を超え晴海のキャパシティは完全にパンクした。
そして1996年、夏。
コミケは再びその聖地を移す。
有明に新たに建設された巨大なコンベンションセンター。
あの逆三角形の会議棟がそびえ立つ「東京ビッグサイト」へ。
それはもはや学生たちの手作りの文化祭ではなかった。
世界でも類を見ない50万人以上を動員する巨大なポップカルチャーの国際見本市。
32のサークルで始まった小さな船はいつしか時代のあらゆる熱狂を飲み込み、巨大な巨大なノアの箱舟となっていた。
その巨大すぎる船の舵を準備会代表の米沢嘉博はたった一人で握りしめていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
晴海の見本市会場は残念ながら1996年にその役目を終え取り壊されました。しかしあの場所で過ごした熱い日々の記憶は多くの参加者の心の中に今も生き続けています。
さて、巨大になりすぎたコミックマーケット。
その巨大な船を率い続けた男は一体何を夢見ていたのでしょうか。
次回、「米沢嘉博の夢」。
コミケの魂の物語です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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