コミックマーケット、たった32のサークルから 第4話:表現の自由のために
作者のかつをです。
第十一章の第4話をお届けします。
「表現の自由」。それはいつの時代も作り手にとって最も重要で、そして最も脅かされやすいテーマです。
今回はコミックマーケットがいかにしてその自由を守るための砦となったのかを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
第一回の成功はささやかではあったが、確かな手応えを米沢たちに与えた。
「この『場』を求めている仲間は、確かにいる」
彼らはこの熱狂の火を絶やすことなく、第二回、第三回とコミックマーケットを継続していくことを決意する。
回を重ねるごとにその評判は口コミでじわじわと広がっていった。
参加サークルの数は50、100と雪だるま式に増えていく。
会場ももはや小さな会議室では収まりきらなくなった。
そしてその熱狂の中で、コミケのもう一つの重要な顔が形作られていくことになる。
それは、「表現の自由」を断固として守り抜くという強い、強い意志だった。
当時の商業漫画の世界はPTAや教育委員会からの、「子供に悪影響を与える」という厳しい批判の目に常に晒されていた。
少しでも過激な性描写や暴力描写があれば、すぐに「有害図書」のレッテルを貼られ表現の自主規制を余儀なくされた。
しかしコミケは違った。
そこは商業ではない個人の表現の場。
どんなマニアックな、どんな過激な表現も、それを求める者がいる限り許容されるべきだ。
米沢たちはその理念を貫き通した。
もちろんそれは平坦な道のりではなかった。
イベントの規模が大きくなるにつれて、彼らの活動は社会の目に触れるようになっていく。
警察から風紀上の問題で指導が入ることも一度や二度ではなかった。
そのたびに米沢たちは粘り強く対話を重ねた。
「我々がやっているのはわいせつ物の陳列ではない。創作活動だ」
「この場には明確なルールがある。自主的なゾーニングも行っている」
彼らはただ理想を叫ぶだけではなかった。
自由には責任が伴うことを誰よりも理解していた。
参加者自身がルールを作り守ることで、この自由な空間を維持していく。
その成熟した自治の精神こそが、コミケを単なる無法地帯ではない特別な「文化」へと育て上げていったのだ。
商業誌が社会の顔色を伺い、表現の幅を狭めざるを得ないその一方で。
コミケはあらゆる表現を飲み込む巨大なセーフティネットとなった。
商業誌では決して描けないような先鋭的な、実験的な才能がこの自由な土壌から次々と生まれていった。
それは日本の漫画文化が多様性を失うことなく、豊かであり続けるための最後のそして最も重要な砦だったのかもしれない。
米沢たちが命がけで守り抜いた「表現の自由」という聖域。
その壁の向こう側で日本のポップカルチャーは爆発的な進化を遂げていくことになる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
コミケでは今でも過激な表現を含む作品を18歳未満の参加者の目に触れさせないための、厳格なゾーニング(区分け)が行われています。自由と責任。その両輪があってこそ、この巨大なイベントは成り立っているのです。
さて、理念は固まった。しかしその理念を守り続けるためには全く別の現実的な問題と戦わなければなりませんでした。
次回、「行列とスタッフとルール」。
巨大化していくイベントの知られざる運営の舞台裏に迫ります。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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