神様と呼ばれた男 第7話:あなたが読む、その一コマ(終)
作者のかつをです。
第一章の最終話です。
一人の天才が生み出した発明が、いかにして、その後の文化全体の「当たり前」になっていったのか。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、手塚治虫の物語を締めくくりました。
読者の皆様の心に、何か少しでも、残るものがあれば幸いです。
手塚治虫が、たった一人で切り拓いた、映画的な漫画表現の道。
その道は、やがて、誰もが歩む、王道となった。
彼が発明した、漫画の文法。
それは、あまりにも普遍的で、あまりにも強力だったため、その後の、日本の漫画の、揺るぎない「OS」となったのだ。
彼に反発し、よりリアルな表現を目指した「劇画」。
彼の『リボンの騎士』から、独自の進化を遂げた「少女漫画」。
そして、彼の背中を追い続けた、少年漫画誌のヒーローたち。
あらゆるジャンルの漫画が、意識するとしないとに関わらず、手塚が作った、その偉大なOSの上で、花開いていった。
コマを割ることで、時間を描き。
コマの形で、感情を語り。
クローズアップで、心に迫る。
そのすべてが、彼が遺した、偉大な遺産だった。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場した、あのカフェ。
一人の女性が、読んでいた漫画の、ある一コマに、心を奪われ、スマートフォンの画面を、じっと見つめている。
それは、主人公が、悲しみを乗り越え、決意の表情を浮かべる、大ゴマのクローズアップだった。
彼女は、知らない。
今、自分の心を震わせている、その一枚の絵が。
かつて、一人の若き天才が、映画館の暗闇の中で、繰り返し、夢に見た、魔法そのものだということを。
旧来の常識と戦い、孤独の中で、必死に、未来から手繰り寄せようとした、光の欠片だということを。
歴史は、遠い博物館の中にあるのではない。
あなたが、今、ページをめくっている、その漫画の中に、確かに、息づいているのだ。
女性は、次のページへと、指を滑らせる。
彼女の指先で、また一つ、コマが進む。
手塚治虫が始めた、終わりなき物語が、確かに、続いていく。
(第一章:神様と呼ばれた男 ~手塚治虫と映画的表現の革命~ 了)
第一章「神様と呼ばれた男」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
手塚治虫が、後年のインタビューで「僕は、漫画家じゃない。本当は、映画監督になりたかったんだ」と語ったという逸話は、非常に有名です。彼のすべての作品の根底には、映画への、生涯変わることのない、深い愛情がありました。
さて、漫画の「表現」の礎が築かれました。
次なる物語は、その漫画家たちが集い、伝説が生まれた「場所」の物語です。
次回から、新章が始まります。
**第二章:墨汁とベタと焼き鳥と ~トキワ荘、まんが道が生まれた部屋~**
若き日の藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫……。
後の巨匠たちが、一つの屋根の下で、貧乏暮らしをしながら、夢を語り、互いを支え合った、奇跡のような日々の物語が、始まります。
引き続き、この壮大な漫画創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第二章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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