コミックマーケット、たった32のサークルから 第3話:32の同志
作者のかつをです。
第十一章の第3話をお届けします。
ついに記念すべき第一回コミックマーケットがその幕を開けました。
今回はそのあまりにも小さくしかし熱気に満ちた始まりの一日の空気を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
米沢たちの粘り強い呼びかけは、無駄ではなかった。
彼らの熱い理想に共鳴する者たちが、少しずつ、しかし確かに集まり始めていた。
少女漫画の新しい可能性を探る、女性だけのサークル。
SF漫画の深読みを専門とする、批評サークル。
そして、既存のヒーローをパロディ化する、ギャグサークル。
その顔ぶれは、まさに多種多様。
商業誌という一つの価値観では、決して交わることのなかったであろう、個性的な才能の集まりだった。
そして最終的に、記念すべき第一回コミックマーケットに参加を表明したサークルの数。
それはわずか、32だった。
彼らは会場として、虎ノ門にある日本消防会館の小さな会議室を、やっとの思いで借りることができた。
机と椅子を並べれば、もう足の踏み場もないような、狭い狭い空間。
米沢たちはなけなしの金を出し合い、ガリ版刷りで貧相なカタログを作った。
そこには参加する32のサークルの名前と、彼らが発行する同人誌の紹介が拙い文字で書かれていた。
そしてついに、運命の日がやってくる。
1975年12月21日。
冬の冷たい空気が肌を刺す、日曜日だった。
会場の扉が開かれる。
米沢たちは固唾を飲んで待っていた。
本当に人は来てくれるのだろうか。
この名もなき小さな祭りに。
一人、また一人と、おそるおそる会場に足を踏み入れてくる若者たちの姿。
彼らの誰もが少し緊張した面持ちで、しかしその目の奥には同じ熱い光を宿していた。
会場はすぐに熱気に包まれた。
「あなたのこの評論、読みました。素晴らしい視点ですね!」
「このパロディ漫画、最高に笑えます!」
サークルの机の前では、作り手と買い手が熱心に言葉を交わしていた。
そこには商業誌のサイン会のような、一方通行の関係性はなかった。
誰もが対等な「ファン」として同じ目線で、大好きな漫画について語り合っていた。
そのあまりにも幸福な光景を、米沢は部屋の隅から感慨深げに眺めていた。
自分たちが夢見た「場」が、今確かにある。
商業的なしがらみから完全に解放された、自由な表現の広場。
その日、会場を訪れた一般参加者の数は、推定で600人から700人。
今から思えば、あまりにもささやかな始まりだった。
しかしそこに集った32のサークルと数百人の参加者たち。
彼ら一人一人が確かに歴史の最初の目撃者となったのだ。
壁の向こう側で新しい文化が産声を上げた、その奇跡の瞬間の。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この第一回コミケには、後のSF作家・評論家である新戸波一が率いるサークルや、後の漫画家・竹宮惠子のアシスタントだった人物など、日本のポップカルチャーの重要人物たちが数多く参加していました。まさに伝説の始まりでした。
さて、小さなしかし確かな成功を収めた第一回コミケ。
彼らはこの熱狂の火をどうやって大きくしていったのでしょうか。
次回、「表現の自由のために」。
コミケのもう一つの重要な理念を巡る戦いが始まります。
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