コミックマーケット、たった32のサークルから 第2話:商業誌への反逆
作者のかつをです。
第十一章の第2話をお届けします。
どんな巨大なイベントも、その始まりには揺るぎない「理念」があります。
今回は、コミックマーケットの根幹をなす、その青臭くも熱い理想がいかにして生まれたのかを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「コミック・マーケット」という壮大な構想。
しかし、それを実現するための具体的なノウハウはどこにもなかった。
米沢嘉博を中心とした漫画批評サークル「迷宮」の若者たちは、すべてをゼロから手探りで作り上げていくしかなかった。
彼らがまず掲げたのは、一つの明確な理念だった。
それは、商業主義に支配された既存の漫画界への、ささやかなしかし断固とした「反逆」の狼煙だった。
彼らは、自分たちのイベントの基本方針として、いくつかの重要な原則を打ち立てた。
一つ、参加者はすべて対等であること。
プロの漫画家も、無名のアマチュアも、批評家も、一人の読者も。
この「場」においては、誰もがただの「一参加者」として扱われる。
一つ、表現の自由を最大限に尊重すること。
商業誌では決して許されないような実験的な作品。
既存の作品を独自の解釈で描き変えたパロディ作品。
どんなマニアックでニッチな表現も、ここでは歓迎される。
そして何よりも、このイベントは儲けを目的としない非営利の「お祭り」であること。
参加費は、会場費を賄うための最低限のものとする。
そのあまりにも青臭く、しかし高潔な理想。
それは、学生運動の熱気をまだその身に宿していた彼らだからこそ描き得た、夢の形だった。
彼らはこの理想を、ガリ版刷りの粗末なチラシに書き記した。
そしてそのチラシを手に、都内の大学の漫研やSFファンの集いへと足を運び、来るべき第一回コミックマーケットへの参加を呼びかけて回った。
「漫画の新しい未来を、俺たちの手で作ろうぜ!」
しかし、その熱い呼びかけに対する世間の反応は冷ややかだった。
「漫画の同人誌? そんなもの誰が買うんだ?」
「わざわざ会場を借りてまでやることなのか?」
多くの漫画ファンにとって、それは一部の意識の高い学生たちが内輪で盛り上がっている奇妙なイベントにしか見えなかったのだ。
締め切りが近づく。
しかし、参加を表明してくれたサークルの数は一向に増えなかった。
「……やっぱり無理だったのか」
準備会の薄暗い部室に、諦めの空気が漂い始める。
自分たちの理想は、ただの独りよがりな夢物語だったのかもしれない。
しかし米沢は諦めていなかった。
彼の目には確かに見えていたのだ。
商業誌の華やかな光の裏側で、自分と同じように息苦しさを感じ、新しい表現の「場」を渇望している声なき仲間たちの姿が。
「大丈夫だ。仲間は必ずいる。信じよう」
彼のその静かなしかし力強い言葉が、沈みかけていた船を再び前へと押し進めた。
彼らはまだ夢を諦めてはいなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
コミケの理念は現代に至るまで、その根幹はほとんど変わっていません。非営利、参加者全員が対等、そして表現の自由の尊重。このブレない軸があったからこそ、コミケは巨大化してもその魂を失わずに済んだのです。
さて、逆風の中、参加サークル集めに奔走する若者たち。
彼らの小さな船出は、一体どのような形で現実のものとなったのでしょうか。
次回、「32の同志」。
ついに記念すべき第一回のコミケがその幕を開けます。
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