コミックマーケット、たった32のサークルから 第1話:迷宮(ラビリンス)
作者のかつをです。
本日より、第三部「文化の変革編」の幕開けとなる、第十一章「壁の向こうの熱狂 ~コミックマーケット、たった32のサークルから~」の連載を開始します。
今回の主役は、商業誌とは全く別の場所で、ファンが自らの手で創り上げたもう一つの漫画文化「コミックマーケット」。
その、知られざる創世記の物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、夏。
東京ビッグサイトは、年に二度、この地上で最も熱い場所に姿を変える。
何十万人もの人々が、一つの目的のためにこの地に集う。
ある者は、自らが創り上げた物語を届けるために。
ある者は、まだ見ぬお気に入りの一冊と出会うために。
コミックマーケット。通称「コミケ」。
私たちは、その巨大な熱狂の渦を当たり前のものとして知っている。
プロもアマチュアも関係ない。ただ「好き」という気持ちだけで繋がる、世界最大の創作物の祭典。
しかし、その始まりが商業主義へのささやかな反逆と、自分たちの「場」を求める一握りの若者たちの、あまりにも小さな一歩だったという事実を知る者は少ない。
これは、巨大な壁の向こう側で、32のサークルから始まったもう一つの漫画創世記の物語である。
物語の始まりは、1970年代半ば。
学生運動の季節が終わり、若者たちの熱気は行き場を失っていた。
漫画界は、『週刊少年ジャンプ』が掲げる「読者アンケート至上主義」が絶対的な正義となり、ヒット作が次々と生まれる黄金時代の真っ只中にあった。
しかし、その眩しすぎる光の片隅で、一部の漫画ファンは強い息苦しさを感じていた。
売れるものだけが正義なのか。
読者の人気だけで作品の価値は決まるのか。
もっと自由な表現が、もっと多様な価値観が許されるべきではないのか。
そんな、商業主義へのアンチテーゼと、漫画を「評論」の対象として真剣に語り合いたいという知的な欲求。
その熱気の中心にいたのが、明治大学の学生たちによって結成された一つの漫画批評サークルだった。
その名は、「迷宮」。
彼らのリーダー格だったのが、米沢嘉博。
後のコミックマーケット準備会、二代目代表である。
彼らは、自分たちの手でガリ版刷りの粗末な同人誌を作り、そこに商業誌では決して書けないような鋭い漫画評論を書き連ねていた。
しかし、彼らには渇望があった。
自分たちの作品を、もっと多くの同じ志を持つ仲間たちに届けたい。
そして、顔を合わせて熱く漫画の未来を語り合える「場」が欲しい。
当時、SFファンによる「日本SF大会」というファン主体のイベントはすでに存在した。
しかし、漫画ファンが自分たちのためだけに集まれるそのような「場」は、まだどこにも存在しなかったのだ。
「ないのなら、自分たちで創るしかない」
それは、あまりにも無謀で、しかし切実な叫びだった。
米沢たちは、一つの壮大な計画を思い描く。
プロもアマも、批評も創作も、すべての漫画ファンが対等な立場で集まれるまったく新しいお祭り。
「コミック・マーケット」構想が、産声を上げた瞬間だった。
彼らはまだ知らない。
自分たちのこのささやかな文化祭のノリが、やがて世界を揺るがすほどの巨大な熱狂の震源地になるということを。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十一章、第一話いかがでしたでしょうか。
今では創作系同人誌のイメージが強いコミケですが、その始まりは漫画を真面目に語りたいという「評論」の熱からでした。まさに学生運動の知的なエネルギーが、形を変えてここに流れ込んだのです。
さて、壮大な理想を掲げた若者たち。
しかし、彼らの前にはあまりにも厳しい「現実」が待ち受けていました。
次回、「商業誌への反逆」。
彼らのささやかな船出にご期待ください。
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