手塚治虫と映画的表現の革命 第4話:ズームイン、クローズアップ
作者のかつをです。
第一章の第4話をお届けします。
キャラクターの表情を大ゴマで描く。今では当たり前のこの手法も、実は手塚治虫が始めたものです。
今回は彼の発明の中でも、特にキャラクターの心理描写に革命をもたらした手法に焦点を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
手塚治虫の漫画革命は、その勢いを止めることを知らなかった。
彼のペン先は今度は映画の最も基本的な撮影技術、「カメラワーク」そのものを紙の上に再現しようと試みた。
あるシーン。
街の雑踏の中に主人公がぽつんと立っている。
最初のコマはその全体像を捉えたロングショット。
次のコマ。
カメラが少しだけ主人公に寄るミドルショット。
彼の不安げな表情が少しだけ読み取れるようになる。
そして三コマ目。
カメラは一気に彼の顔にまで肉薄するクローズアップ。
その瞳に浮かんだ一粒の涙が、読者の胸に深く突き刺さる。
それはまさに映画の「ズームイン」だった。
読者の視線は手塚の巧みなコマ割りに導かれ、まるでカメラが動いているかのような錯覚を覚える。
この手法によって彼は、キャラクターの繊細な心理描写を言葉に頼ることなく、絵だけで表現することに成功したのだ。
さらに彼は漫画の世界にもう一つの革命的な発明を持ち込んだ。
それは「擬音」と「擬態語」の視覚化だった。
それまでの漫画の効果音は、コマの隅に活字で小さく記されているだけだった。
しかし手塚はそれを絵の一部として、自らの手で描き込み始めたのだ。
爆発シーンにはギザギザと尖った力強い描き文字で「ドカーン!!」。
静まり返った場面には細く震えるような線で「シーン……」。
キャラクターの驚きを表現するために、その背景に「ゴゴゴゴゴ」という不穏な描き文字を敷き詰める。
音や空気感といった目に見えないはずのものが、彼のペン先から次々と形を与えられていった。
それは読者に物語の世界への圧倒的な没入感を与えた。
コマ割りで時間を操り、コマの形で感情を演出し、カメラワークで心に寄り添い、描き文字で空気を描く。
手塚治虫はたった数年の間に、現代にまで続く漫画表現のほとんどすべての基本文法をたった一人で発明してしまったのだ。
彼の頭の中にある壮大な映画館。
そのフィルムがついに一本の歴史的な傑作として、完成する日が近づいていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
手塚治虫の描くキャラクターの瞳が非常に大きくキラキラと輝いているのも、彼の発明の一つです。これはディズニーアニメの影響を受けたもので、キャラクターの感情をより豊かに表現するための工夫でした。
さて、数々の革命的な武器を手に入れた手塚。
そのすべてが注ぎ込まれた伝説的な作品がついに世に出ます。
次回、「『新宝島』の衝撃」。
日本の漫画の歴史が永遠に変わったその瞬間を描きます。
よろしければ、応援の評価をお願いいたします!
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




