擬音を芸術にした男、石川球太 第4話:漫画家との共作
作者のかつをです。
第五章の第4話をお届けします。
ついにあの「ゴゴゴ」が登場しました。
それがいかにして漫画家と職人の共作の中から生まれてきたのか。
今回はその知られざる創造の現場に光を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
描き文字職人の仕事は漫画家から完成した原稿を受け取り、そこにただ文字を書き加えるだけの単純な作業ではなかった。
彼らは漫画家と緊密なコミュニケーションを取り、時には激しい議論を交わしながら作品を作り上げていく「共作者」とでも言うべき存在だった。
その関係性は、やがて描き文字の可能性をさらに大きく押し広げていくことになる。
ある日、一人の劇画作家が描き文字職人にこんな無茶な依頼をした。
「この悪役が登場するシーンなんだがね。セリフはないんだ。ただそこにいるだけで、読者がとんでもないプレッシャーを感じるような、そんな描き文字を入れてくれないか」
音ではない。
キャラクターが放つ目に見えない「オーラ」や「威圧感」を文字で表現しろというのだ。
それは描き文字の新たな扉を開く挑戦状だった。
職人は頭を捻った。
そして彼は一つの奇妙な音を紙の上に描き出した。
「ゴ」
ただそれだけだ。
しかしその文字はまるで地の底から響いてくるような重く不気味な響きを持っていた。
彼はその文字を一つまた一つとキャラクターの周囲に敷き詰めていった。
「ゴゴゴゴゴ……」
その瞬間、魔法が起きた。
悪役のキャラクターがその背景に不穏な描き文字を背負っただけで、読者が感じるその存在感は何倍にも増幅されたのだ。
この「ゴゴゴゴゴ」という発明は描き文字がもはや単なる「音」の表現ではないことを決定づけた。
それはキャラクターの心理状態や感情、さらにはその場の「空気」そのものを視覚化する究極の演出装置となったのだ。
この手法は後に多くの漫画家たちに多大な影響を与えた。
『ジョジョの奇妙な冒険』のあのあまりにも有名な擬音の数々。
『カイジ』の登場人物のグラグラと揺れる心理状態を表す「ざわ……ざわ……」。
それらすべての源流は貸本劇画の時代に、漫画家と描き文字職人が膝を突き合わせ試行錯誤を繰り返したあの熱い日々に遡ることができる。
彼らは単なる分業相手ではなかった。
互いの才能をリスペクトし高め合う最高のパートナーだった。
漫画家が最高の「絵」を描き職人が最高の「文字」を描く。
その二つの才能が火花を散らしてぶつかり合った時、日本の漫画は世界でも類を見ないほど豊かで独特な表現力を手に入れたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「ゴゴゴ」という描き文字を最初に使ったのは水木しげる先生だという説もあります。ジャンルを問わず当時の漫画家たちがいかに表現の可能性を貪欲に追求していたかが分かりますね。
さて、ついにキャラクターの心まで描き出す究極の表現を手に入れた描き文字。
その偉大な発明は現代の私たちにどう繋がっているのでしょうか。
次回、「ページから聞こえる声(終)」。
第五章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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