少女漫画という名の発明 第4話:花のフレーム、心のモノローグ
作者のかつをです。
第四章の第4話をお届けします。
少女漫画を少女漫画たらしめている独特の表現の数々。
それらがすべて「少女の主観的な感情を表現する」というただ一つの目的のために発明されていったというプロセスを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
瞳の革命に成功した女性漫画家たちはその勢いを止めることなく次々と新しい表現の扉を開けていった。
彼女たちの次なる戦場は「背景」と「コマ」だった。
少年漫画や劇画がリアルな背景を描き込むことで物語の現実感を高めようとしていたのとは対照的に。
彼女たちはあえて現実の風景を消し去ることを選んだ。
主人公の少女が憧れの先輩と二人きりになるシーン。
その時彼女の目にはもはや教室の壁も机も映ってはいない。
彼女の世界はただ先輩のその眩しい笑顔だけで満たされている。
その主観的な恋する少女の世界観。
それをどうすれば絵にできるのか。
彼女たちはキャラクターの背景を具体的な風景ではなく抽象的な美しい模様で埋め尽くし始めた。
キラキラと輝く光の粒。
流れるような優美な曲線。
そして何よりも華麗な「花」。
喜びの感情を満開のバラで。
悲しみの感情を儚げなユリで。
キャラクターの心情と完璧にシンクロするように背景には様々な花が理由もなく咲き乱れた。
さらに彼女たちは手塚治虫が発明した「コマ」という概念さえも破壊し始めた。
コマを区切る無粋な枠線を取り払ってしまったのだ。
ページの上でキャラクターと花と光が一体となって溶け合う。
コマからコマへと流れるように視線が導かれるその詩的なレイアウト。
そしてその余白に彼女たちはもう一つの決定的な発明を書き加えた。
それは手書きの美しい書体で綴られたキャラクターの心の声。
「モノローグ」である。
『ああ……先輩の笑顔がまぶしすぎて息ができない……』
セリフではない、説明でもない。
キャラクターの内側から溢れ出す生の感情。
それが読者の心に直接語りかけてくる。
瞳の中の星空。
背景に咲き乱れる花。
枠線のない流麗なコマ割り。
そして心を映し出すモノローグ。
ここに少女漫画という世界で最も美しくそしてエモーショナルな漫画の文法が完成した。
それはもはや単に物語を読むためのものではない。
登場人物と完全に一体化しその「感情」を追体験するための魔法の装置だったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
このコマの枠線を取り払いページ全体で一つの絵のように見せる手法は「ブチ抜き」と呼ばれます。これもまた少女漫画が生んだ偉大な発明の一つでした。
さて、ついに独自の言語を手に入れた少女漫画。
その言語を使いこなし物語を芸術の域へと高める伝説の世代がついに登場します。
次回、「花の24年組」。
少女漫画の黄金時代が始まります。
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