劇画、さいとう・たかをの静かなる宣戦布告 第6話:大人のための物語(終)
作者のかつをです。
第三章の最終話です。
一つの反逆のムーブメントがいかにして漫画という文化全体を豊かにしていったのか。
手塚治虫という「光」と劇画という「影」。その両輪があったからこそ今の多様な漫画文化があるという視点で物語を締めくくりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
『ゴルゴ13』の圧倒的な成功。
それは日本の漫画界に一つの動かぬ事実を証明した。
「漫画は子供だけのものではない。大人が夢中になれる物語が確かにここにある」
この成功は一つの巨大な扉を開いた。
「青年漫画誌」というまったく新しいジャンルの誕生である。
『ビッグコミック』の成功に続けとばかりに各出版社が次々と青年向けの漫画雑誌を創刊していった。
『漫画アクション』、『ヤングコミック』、『ヤングジャンプ』……
そのページの上で漫画という表現はかつてないほどの自由と深さを手に入れた。
サラリーマンの悲哀と希望を描く人間ドラマ。
政治や経済の裏側をえぐる社会派サスペンス。
歴史のうねりの中で生きる人々の壮大な大河ロマン。
漫画が扱うテーマは無限に広がっていった。
かつてさいとう・たかをや辰巳ヨシヒロがたった数人で始めたささやかな反逆。
「劇画」という名のそのムーブメントはいつしか漫画という文化そのものを、より豊かでより懐の深い巨大な森へと育て上げていたのだ。
もちろんその中心には常に手塚治虫が築き上げた偉大な「ストーリー漫画」の幹がどっしりと根を張っていた。
しかし劇画はその幹からまったく別の方向へと太い太い枝を伸ばした。
その枝には子供向けの漫画とは違う色の、しかし同じくらい魅力的な果実がたわわに実ったのだ。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場したあのサラリーマン。
彼は帰りの電車の中で買ったばかりの青年誌を夢中で読んでいる。
その周りでは学生も主婦もそれぞれがそれぞれの好きな漫画をスマートフォンの画面で楽しんでいる。
彼は知らない。
今自分が当たり前のように大人の物語として漫画を楽しめるその自由が。
かつて手塚治虫という巨大な太陽にあえて背を向け、影を描くことを選んだ反逆者たちの戦いの賜物だということを。
歴史は一人の天才だけで作られるのではない。
王道をゆく者がいればその対極で茨の道を選ぶ者もいる。
その光と影、両方の開拓者たちがいてこそ文化は豊かになるのだ。
電車が駅に着く。
男は雑誌を閉じ雑踏の中へと消えていった。
その背中はどこか、あの孤高のスナイパーの影をまとっているように見えた。
(第三章:影を背負った男たち ~劇画、さいとう・たかをの静かなる宣戦布告~ 了)
第三章「影を背負った男たち」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
さいとう・たかをは2021年に84歳でその生涯を閉じました。しかし彼が作り上げたプロダクションシステムは今も彼の遺志を受け継ぎ『ゴルゴ13』の連載を一日も休むことなく続けています。まさに不滅のプロフェッショナルです。
さて、男たちのハードボイルドな物語でした。
次なる物語は打って変わって少女たちのキラキラとした「恋心」を表現するために戦った女性たちの物語です。
次回から、新章が始まります。
**第四章:キラキラの瞳に咲く花 ~少女漫画という名の発明~**
瞳の中に星を描き。背景に花を散らす。
今では当たり前のあの「少女漫画」独特の表現はいかにして生まれたのか。
女性漫画家たちの美しき革命の物語が始まります。
引き続き、この壮大な漫画創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると第四章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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