神様と呼ばれた男 第2話:止まった時間を動かす魔法
作者のかつをです。
第二章の第2話をお届けします。
漫画における「時間」の概念は、手塚治虫の、この発明から始まったと言っても過言ではありません。
しかし、どんな革命も、最初は、周囲からの無理解や抵抗に遭うものです。
今回は、若き天才の、孤独な戦いの始まりを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
手塚治虫は、来る日も来る日も、自問自答を繰り返していた。
映画にあって、漫画にないもの。それは、一体何だ?
答えは、シンプルだった。
「時間」だ。
映画は、フィルムが回ることで、強制的に、観客に時間の流れを体感させる。
しかし、漫画のページは、止まっている。読者は、自分のペースで、好きなように、コマからコマへと視線を動かす。
この、静止した紙の上に、どうすれば、「時間の流れ」を、生み出せるのか。
彼は、一つの実験を始めた。
自分の描く漫画の主人公が、パンチを繰り出すシーン。
従来の漫画なら、それは、たった一つのコマで描かれていただろう。拳を振りかぶるポーズ、あるいは、相手にヒットした瞬間の絵。そのどちらかだ。
しかし、手塚は、違った。
彼は、その一連のアクションを、あえて、複数のコマに、分解して描いてみたのだ。
一コマ目。主人公が、ぐっと拳を握りしめる。
二コマ目。腰をひねり、腕を、大きく後ろに振りかぶる。
三コマ目。拳が、唸りを上げて、前方へと突き出される。
四コマ目。相手の頬に、めり込む拳。
たった一秒にも満たない、その瞬間。
それを、彼は、贅沢に、4つのコマを使って描いた。
ページをめくる読者の視線が、コマを一つ、また一つと追うごとに、まるでパラパラ漫画のように、そのアクションが、頭の中で再生される。
静止していたはずの絵が、動き出す。
止まっていたはずのページに、確かに、「時間」が流れ始めたのだ。
「これだ……!」
それは、彼が見つけた、最初の、そして最も偉大な、魔法だった。
しかし、その魔法は、すぐには、誰にも理解されなかった。
彼が、その手法で描いた原稿を、編集部に持ち込むと、ベテランの編集者は、顔をしかめて言った。
「手塚くん、君の漫画は、話がなかなか進まんなあ」
「こんなにコマを無駄遣いして。もっと、一枚の絵で、びしっと見せなさいよ」
当時の常識では、漫画のコマ数は、限られたページの中に、物語を詰め込むための、貴重な資源だった。
それを、たった一瞬のアクションのために、何コマも使うなど、言語道断だったのだ。
しかし、手塚は、自らの魔法を、信じて疑わなかった。
これは、無駄遣いではない。
これは、物語に、命を吹き込むための、必要不可欠な、演出なのだ、と。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
一枚の絵で物語を説明する、従来の漫画のスタイルは、もともと、落語などの話芸を絵にした「絵物語」の文化から来ていました。手塚は、そこに、まったく異なる文化である「映画」を持ち込もうとしたのです。まさに、異文化の衝突でした。
さて、コマを分割することで「時間」を生み出した手塚。
彼の革命は、まだ始まったばかりでした。
次回、「コマという名のフレーム」。
彼は、今度は、コマの「形」そのものに、メスを入れます。
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