劇画、さいとう・たかをの静かなる宣戦布告 第4話:ペンはナイフに変わった
作者のかつをです。
第三章の第4話をお届けします。
友情と理想の「トキワ荘」とは対極にある、もう一つの才能の集め方。
今回は、さいとう・たかをが挫折の中から生み出した革命的な「プロダクションシステム」の誕生を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
ある人気漫画家の広々とした仕事場。
そこでは十数人ものアシスタントたちがそれぞれの専門分野に分かれ、黙々と作業を続けている。
背景専門、メカ専門、仕上げ専門。
まるで精密な工場のように組織化された創作の現場だ。
一人の天才がすべてを描き上げるのではない。
チームの力で高品質な作品を安定して生み出す。
私たちはその「プロダクション方式」を当たり前のものとして知っている。
しかしそのシステムが、かつて理想に破れた一人の男の苦い挫折の中から生まれたという事実を知る者は少ない。
1960年。
熱い理想を掲げて結成された「劇画工房」は、わずか一年あまりであっけなくその歴史の幕を閉じた。
原因は若者たちのあまりにも若すぎる芸術家としてのプライドだった。
それぞれが強い個性と独自の作風を持つ一国一城の主。
彼らが一つの共同体として歩調を合わせ続けることは不可能だったのだ。
「俺はもっとこういうものが描きたい」
「いや、劇画とはこうあるべきだ」
熱い議論はいつしか埋めがたい方向性の違いへと変わっていった。
そして何よりも彼らは貧しかった。
貸本漫画の原稿料だけでは共同体を維持していくことはできなかった。
理想のあまりにも呆気ない崩壊。
工房のメンバーたちはそれぞれの孤独な道へと散っていった。
この苦い挫折を誰よりも冷静に見つめていた男がいた。
さいとう・たかをだった。
彼はこの失敗から一つの冷徹な真理を学んでいた。
「芸術家が集まっても組織は作れない。理想だけでは飯は食えない」
彼はまったく新しい漫画制作のシステムを構想し始めた。
それは友情や理想で結ばれた芸術家の共同体ではない。
脚本、作画、背景、仕上げ。
それぞれの工程を専門のスタッフが分業する、徹底的に合理化された企業としての「制作会社」だった。
彼は自らの名前を冠した「さいとう・プロダクション」を設立する。
それは漫画界の常識を覆す革命的な挑戦だった。
漫画家はもはや一人でペンを握る孤独な職人ではない。
何十人ものスタッフを率い作品のクオリティを管理する、映画監督であり会社の経営者なのだ。
彼のペンはもはや個人の感情を描き出すためのものではなかった。
それは組織を動かし物語を量産するための冷徹な外科医のメス(ナイフ)へと姿を変えていた。
この鉄の意志によって作られたシステム。
それこそがやがて誰もが知る不滅のヒーローを生み出すことになる、巨大な工場の設計図だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
さいとう・プロの分業システムは当初、他の漫画家たちから「手抜きだ」「魂がない」と激しい批判を受けました。しかし彼はその批判に一切動じなかったと言われています。
さて、最強の制作システムを手に入れたさいとう・たかを。
彼の工房からついに歴史に名を残すあの男が姿を現します。
次回、「ゴルゴ13の長い旅」。
日本で最も有名なスナイパーの誕生秘話です。
よろしければ、応援の評価をお願いいたします!
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




