劇画、さいとう・たかをの静かなる宣戦布告 第1話:子供だけのものじゃない
作者のかつをです。
本日より、第三章「影を背負った男たち ~劇画、さいとう・たかをの静かなる宣戦布告~」の連載を開始します。
今回の主役は、「漫画は子供のもの」という常識に敢然と立ち向かった「劇画」の開拓者たち。
彼らの、もう一つの「まんが道」の物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
深夜のコンビニエンスストア。スーツ姿の男性が雑誌コーナーに立ち、一冊の青年漫画誌を手に取る。表紙を飾るのは、硝煙の匂いが漂ってきそうな、ハードボイルドな男の顔だ。
彼はその雑誌と缶コーヒーを手に、レジへと向かう。
漫画が子供だけのものではないこと。
大人の鑑賞に堪えうる、シリアスで重厚な物語が存在すること。
私たちは、その事実を当たり前のものとして受け入れている。
しかし、その「当たり前」がかつては存在しなかった。
「漫画=子供の読み物」という強固な常識に、たった一握りの若者たちが反旗を翻した、知られざる戦いの物語である。
物語の始まりは、1950年代半ば。
手塚治虫という太陽が、漫画界の空に燦然と輝いていた時代。
彼が描く夢と希望に満ちたストーリー漫画は、子供たちの心を完全に虜にしていた。
しかし、その眩しすぎる光の片隅で、物足りなさを感じている一人の若者がいた。
大阪で貸本漫画を描いていた、さいとう・たかを。
理髪店を営む家に生まれ、自らも理容師として働きながら、夜はペンを握る苦労人だった。
彼は、手塚治虫の才能を誰よりも認めていた。
しかし同時に、強烈な違和感を覚えていたのだ。
「なぜ漫画の主人公は、いつもこんなに丸っこくて可愛いんだ?」
「なぜ漫画の物語は、いつも勧善懲悪で分かりやすいんだ?」
彼が心を惹かれていたのは、手塚の描く明るいファンタジーの世界ではなかった。
彼が愛したのは、映画館の暗闇で観たフィルム・ノワール。
光と影のコントラストが際立つモノクロームの世界。
虚無的な表情を浮かべたハードボイルドな探偵。
社会の暗部を描き出す、ビターで救いのない物語。
「俺は、あんな大人のための物語が描きたい」
「漫画だって、映画のようにリアルでシリアスな表現ができるはずだ」
その思いは、彼だけのものではなかった。
大阪の貸本漫画の世界には、同じようなフラストレーションを抱えた若い才能たちが、静かに、しかし確かに集い始めていた。
彼らは、手塚治虫という巨大な太陽に背を向けることを選んだ。
そして自ら、光の当たらない「影」の世界を描くことを決意した反逆者たちだった。
彼らの静かなる宣戦布告。
それはまだ、路地裏の薄暗い貸本屋の棚から始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第三章、第一話いかがでしたでしょうか。
さいとう・たかをは、デビュー当初、手塚治虫の絵柄を熱心に模写していたそうです。しかしある日、鏡に映った自分の不機嫌でリアルな顔を見て、「俺が描きたいのはこれじゃない」と自らのスタイルを模索し始めた、という逸話が残っています。
さて、手塚漫画とは違う新しい表現を求めた若者たち。
彼らがその活動の拠点としたのが、「貸本」というもう一つの漫画文化でした。
次回、「貸本屋の路地裏から」。
知られざる、アンダーグラウンドな漫画の世界に光を当てます。
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