漫画の「文字」を支えた職人たちの黄昏 第5話:フォントに宿る魂(終)
作者のかつをです。
第十八章の最終話です。
消えていったアナログ技術と、それを受け継いだデジタル技術。
形は変われど、その根底にある「文字で伝える」という情熱は変わらない。
そんな希望を込めて、写植の物語を締めくくりました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
写植職人たちの姿は、制作現場から消えた。
しかし、彼らが遺した「文字へのこだわり」は、決して消え去ってはいない。
現在、私たちがパソコンやスマートフォンで使っているデジタルフォント。
その多くは、かつて写植機のためにデザインされた書体をベースにデジタル化されたものだ。
「アンチゴチ」という漫画特有のルールも、デジタルフォントの世界で「コミック用フォントセット」として標準化され、今も脈々と受け継がれている。
文字のデザインをした書体デザイナーたちの魂。
そして、その文字を美しく並べることに心血を注いだ写植オペレーターたちの美学。
それらは、0と1のデータの中に形を変えて保存され、世界中のあらゆるディスプレイの上で生き続けている。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場した、カフェの若者。
彼は読み終えた電子コミックを閉じ、タブレットで自分の描いている漫画の原稿を開いた。
彼は、作画ソフトの「テキストツール」を選択する。
そして、フキダシの中にセリフを打ち込む。
『ありがとう』
一瞬で、画面に美しい文字が表示される。
漢字はゴシック体、ひらがなは明朝体。
自動的にバランスよく詰められた、完璧な配置。
彼は知らない。
今、自分が何気なく使ったそのフォントが、かつて暗室の中で、一文字ずつ光を焼き付けていた職人たちの、数え切れない試行錯誤の末に生まれた結晶だということを。
その読みやすさが、名もなき技術者たちの、読者への見えない「おもてなし」の心から来ていることを。
歴史は、博物館のショーケースの中にあるのではない。
私たちが毎日目にする、この画面の文字の一つ一つに、確かに息づいているのだ。
若者は、画面上の文字を少しだけ大きくし、位置を微調整した。
「うん、この方が気持ちが伝わる」
その瞬間、彼の中に、かつての職人たちと同じ魂が宿った。
道具は変わっても、物語を、言葉を、想いを届けたいという人間の願いは変わらない。
写植という名の魔法は、デジタルの光となって、これからも物語を支え続けていく。
(第十八章:写植という名の魔法 ~漫画の「文字」を支えた職人たちの黄昏~ 了)
第十八章「写植という名の魔法」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
近年、写研が保有していた伝説の書体をデジタルフォントとしてリリースする計画が発表され、大きな話題となりました。写植の魂は、令和の時代に再び蘇ろうとしています。
さて、漫画の「文字」の歴史を紐解きました。
次なる物語は、紙の漫画そのもののあり方を根底から覆す、黒船の襲来です。
次回から、新章が始まります。
**第十九章:縦に読むという衝撃 ~韓国から来た黒船、Webtoonの襲来~**
スマートフォンに最適化された「縦スクロール漫画」。
日本の漫画界が軽視していたそのフォーマットが、いかにして世界を席巻したのか。
引き続き、この壮大な漫画創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十九章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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