漫画の「文字」を支えた職人たちの黄昏 第4話:失われる職人技
作者のかつをです。
第十八章の第4話をお届けします。
技術革新の陰で消えていく職人技。
廃棄される文字盤と、去りゆく職人の姿を通して、時代の変わり目の哀愁と、失われるものへの敬意を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1990年代後半から2000年代にかけて、街から写植屋の看板が次々と消えていった。
DTPの普及は決定的だった。
漫画雑誌の編集部も、完全にデジタル入稿へと移行しつつあった。
写植機を回すためのフィルムや印画紙の生産も縮小され、修理部品さえ手に入らなくなっていった。
ある日、老舗の写植屋が廃業を決めた。
作業場から、長年連れ添った巨大な写真植字機が運び出されていく。
かつては何百万円もした精密機械が、ただの鉄屑としてトラックの荷台に積まれていく。
そして、職人が命よりも大切にしていた「文字盤」。
数千の文字が刻まれたガラスの板。
それが、産業廃棄物として割られ、捨てられていく。
「……すまねえな」
老職人は、砕け散った文字盤の破片を見つめ、涙を流した。
彼が何十年もかけて磨き上げてきた技術。
指先が覚えているハンドルの重み、レンズの調整感覚、文字詰めのリズム。
そのすべてが、もう必要とされなくなってしまったのだ。
「デジタルの文字は綺麗だよ。整ってる。誰が打っても同じになる」
彼は寂しげに笑った。
「でもな、そこには『ゆらぎ』がねえんだ。人間味ってやつがよ」
写植の文字には、職人の息遣いがあった。
わずかな滲み、コンマミリのズレ、意図された不均一さ。
それが画面に温かみを与え、漫画の世界に深みをもたらしていた。
しかし、効率とコスト、そしてスピードを求める時代の流れは、そんなアナログな感傷を許さなかった。
漫画の制作スピードは劇的に上がった。
修正も容易になり、作家や編集者の負担は軽減された。
読者も、よりクリアで読みやすい文字で漫画を楽しめるようになった。
得られたものは大きい。
しかし、その代償として失われたものもまた、確かにあった。
一つの技術が役割を終え、静かに歴史の舞台から退場していく。
その背中は、あまりにも寂しく、そして美しかった。
彼らは敗北したのではない。
時代のバトンを渡し、その役目を全うしたのだ。
そう自分に言い聞かせ、職人たちは静かにシャッターを下ろした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
現在でも、ごく一部の漫画家やデザイナーは、写植特有の風合いを愛し、デジタルフォントに加工を加えて「写植風」に見せる工夫を凝らすことがあります。失われた技術への憧憬は、形を変えて残っているのです。
さて、写植という技術は消えましたが、その魂は消滅したわけではありません。
それはデジタルの海の中で、新たな形で生き続けています。
次回、「フォントに宿る魂(終)」。
第十八章、感動の最終話です。
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