漫画の「文字」を支えた職人たちの黄昏 第3話:Macintoshという黒船
作者のかつをです。
第十八章の第3話をお届けします。
DTPの登場による印刷業界の激変。
技術の進歩は便利さをもたらすと同時に、古い技術に生きる人々にとっては残酷な宣告でもありました。
現場の戸惑いと焦りを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1990年代初頭。
写植屋の薄暗い作業場に、異質な光を放つ白い箱が持ち込まれた。
Apple社の「Macintosh」。
デザイン事務所や出版社の一部で使われ始めていたそのコンピュータは、DTPという新しい概念を引っ提げて、印刷業界に革命を起こそうとしていた。
「これからは、パソコンで文字を打って、そのまま印刷できるようになるらしいぞ」
最初、ベテランの写植職人たちはその噂を鼻で笑っていた。
「パソコン? あんなおもちゃに何ができる」
「俺たちが何十年もかけて磨いてきた詰めやバランスの妙が、機械に真似できるわけがない」
確かに、初期のDTPソフトは機能も貧弱で、日本語の処理も未熟だった。
書体の種類も少なく、写研の美しい文字には遠く及ばなかった。
しかし、デジタル技術の進化は彼らの想像を遥かに超えるスピードで進んでいった。
Adobe社が開発したフォント技術、高解像度のレーザープリンター、そして写植機とは比べ物にならないほど安価なコスト。
何よりも、「やり直しがきく」というデジタルの利便性は圧倒的だった。
写植では、一文字間違えれば印画紙を切り貼りして修正しなければならない。
しかしMacintoshなら、画面上でカーソルを動かし、削除キーを押すだけだ。
レイアウトの変更も、フォントの切り替えも、マウス一つで瞬時に行える。
編集者たちは、その利便性に飛びついた。
「写植屋に頼むより、自分たちでMacでやった方が早いし安い」
徐々に、しかし確実に、写植屋への注文が減り始めた。
工場の片隅に置かれたMacintosh。
その画面を見つめる若手の職人と、背を向けて従来の写植機に向かうベテラン職人。
「親父さん、これからはデジタルの時代ですよ。うちも本格的に導入しないと」
「うるさい! 文字に魂がこもってねえんだよ、その画面の字には!」
作業場には、新旧の技術の対立と、忍び寄る時代の変化への焦燥感が漂い始めていた。
黒船は、すでに港に入っていた。
そしてその船は、写植という古い帆船を、容赦なく時代の大波へと押し流そうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
写植最大手の写研は、自社の美しい書体を守るため、長らくデジタルフォントとしての一般販売を行いませんでした(専用システムのみ)。その結果、DTPの普及と共にシェアを失い、モリサワなどの他社フォントが標準になっていったという経緯があります。
さて、時代の波に抗えなくなった写植屋たち。
彼らを待ち受けていたのは、あまりにも悲しい結末でした。
次回、「失われる職人技」。
廃棄される機械と、去りゆく職人たちの物語です。
物語の続きが気になったら、ぜひブックマークをお願いします!
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




