漫画の「文字」を支えた職人たちの黄昏 第2話:アンチとゴナ
作者のかつをです。
第十八章の第2話をお届けします。
漫画特有の「漢字はゴシック、かなは明朝」というルール。
「アンチゴチ」と呼ばれるこの発明が、いかにして漫画の読みやすさを支えていたのかを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
漫画を読んでいるとき、セリフの書体を意識したことはあるだろうか。
よく見てほしい。
一般的な漫画のセリフは、漢字が太い「ゴシック体」、ひらがなやカタカナが筆文字のような「明朝体」で書かれていることが多い。
「私はそう(明朝)思うよ(明朝)」
この、異なる二つの書体を混ぜて使う「混植」という独特のスタイル。
これこそが、日本の漫画読みやすさを支える最大の発明であり、写植職人たちが築き上げた黄金律だった。
これを業界用語で「アンチゴチ」と呼ぶ。
「アンチック体(明朝体の一種)」と「ゴシック体」の組み合わせだ。
なぜ、こんな面倒なことをするのか。
すべてをゴシック体にすると、画面が黒々として重苦しくなる。
逆にすべてを明朝体にすると、線が細すぎて迫力に欠け、印刷の状態によっては線が飛んでしまう恐れがある。
そこで、画数の多い漢字は視認性の高いゴシック体でしっかりと見せ、画数の少ないかな文字は明朝体で柔らかく繋ぐ。
そうすることで、文章にリズムが生まれ、読者の視線は驚くほどスムーズに流れていくのだ。
この「アンチゴチ」を美しく打つことこそ、写植オペレーターの腕の見せ所だった。
「石井」や「写研」といったメーカーが開発した美しい書体の文字盤。
職人たちは、その中から最適な文字を選び出し、一文字ずつレンズを変えて大きさを調整し、印画紙に焼き付けていく。
さらに1970年代、写研から「ゴナ」という新しいゴシック体が登場する。
極太で力強く、それでいてモダンなデザイン。
この「ゴナ」の登場は、劇画や少年漫画の迫力を劇的に高めた。
「ドカーン!」「ギャアアア!」
叫び声や効果音に使われる極太の文字。
職人たちは、文字を変形させたり、斜体をかけたりして、漫画家の絵が持つ勢いを殺さないよう、文字にも「動き」を与えた。
「文字もまた、絵の一部なんだ」
あるベテラン職人は言った。
フキダシの形に合わせて改行位置を調整し、文字の大きさを変え、読みやすさと美しさを両立させる。
それは、ただの文字入力ではない。
「組版」という名の、ミクロのデザイン作業だった。
彼らの指先から生み出される美しい文字の配列は、漫画のストーリーを邪魔することなく、むしろその世界観を深めるための空気のように機能していた。
読者が「文字を読んでいる」と意識しないほど自然に読める文字。
それこそが、彼らが目指した職人芸の極致だったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
写植最大手だった「写研」の書体は、その美しさから多くの漫画家やデザイナーに愛されました。特に「石井明朝」や「ゴナ」は、昭和の漫画文化を象徴する書体と言っても過言ではありません。
さて、職人たちの技によって支えられていた写植の世界。
しかし、その平穏な日々に、海を越えて巨大な黒船が接近していました。
次回、「Macintoshという黒船」。
デジタル化の波が、職人たちの聖域を脅かし始めます。
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