漫画の「文字」を支えた職人たちの黄昏 第1話:一文字ずつの芸術
はじめまして、作者のかつをです。
本日より、第十八章「写植という名の魔法 ~漫画の「文字」を支えた職人たちの黄昏~」の連載を開始します。
今回の主役は、DTPが普及する以前、漫画のセリフを一文字ずつ手作業で作っていた「写植」の職人たち。
失われた技術に込められた、美学と情熱の物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
カフェでタブレットを開き、電子コミックを読んでいる若者がいる。
指先でページをめくるたびに、キャラクターのセリフが目に飛び込んでくる。
怒った時の力強いゴシック体、囁くような細い明朝体、コミカルな丸文字。
私たちは、その文字がそこに「ある」ことを当たり前だと思っている。
漫画家が描いた絵の上に、パソコンで打ち込まれた文字が綺麗に並んでいる。
今の制作現場では、それはほんの数秒で終わる作業かもしれない。
しかし、かつてその「文字」を一文字ずつ、手作業で、気の遠くなるような時間をかけて印画紙に焼き付けていた職人たちがいたことを知る者は少ない。
これは、デジタル化の波に飲まれ消えていった、しかし日本の漫画表現を陰で支え続けた「写植」という美しき技術と、それに人生を捧げた職人たちの黄昏の物語である。
物語の舞台は1970年代から80年代、漫画黄金期の東京。
文京区や神田周辺には、出版社の下請けとして機能する無数の「写植屋」が軒を連ねていた。
その中の一軒、薄暗い作業場。
そこには、「写真植字機」と呼ばれる巨大な黒い機械が鎮座していた。
機械の前には、一人の男が座っている。
彼の目は、機械の手元にある「文字盤」と呼ばれるガラスの板に釘付けになっている。
そこには、米粒よりも小さな文字がびっしりと、数千個も並んでいる。
男は右手でレバーを操り、狙った一文字を素早く探し出す。
左手でハンドルを回し、印画紙の位置を調整する。
そして、「カシャッ」というシャッター音と共に、レンズを通した光が文字の形を印画紙に焼き付ける。
「あ」を探し、カシャッ。
「り」を探し、カシャッ。
「が」を探し、カシャッ。
「と」を探し、カシャッ。
「う」を探し、カシャッ。
たった一言、「ありがとう」というセリフを作るために、彼は五回、文字盤の上で視線を走らせ、機械を操作する。
それを、一冊の漫画雑誌にある数万というセリフの数だけ繰り返すのだ。
それは、現代の感覚からすれば信じられないほど非効率で、とてつもない集中力を要する作業だった。
しかし、彼ら「写植オペレーター」は、単なる文字打ちの作業員ではなかった。
彼らは、文字と文字の間隔、「詰め」に命を懸けていた。
漫画のフキダシという限られたスペースの中に、いかに美しく、読みやすく文字を収めるか。
漢字とひらがなのバランス、行間の空き具合、句読点の位置。
機械的な均等配置では出せない、人間が読んで心地よいと感じる独特のリズム。
熟練の職人が打った写植は、まるで文字自体が生きているかのように、ページの上で呼吸をしていた。
「漫画家の先生が魂を込めて絵を描いているんだ。俺たちがその絵を殺すような文字を打つわけにはいかねえ」
薄暗い部屋に響く、カシャッ、カシャッというリズミカルな打鍵音。
それは、漫画という総合芸術を完成させるために奏でられる、職人たちの誇り高きビートだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十八章、第一話いかがでしたでしょうか。
「写植」とは「写真植字」の略です。パソコンが普及する前、印刷物の文字は、活版印刷かこの写植によって作られていました。特に漫画の複雑なフキダシに対応できる写植は、漫画文化の発展に不可欠な技術でした。
さて、職人たちが操る写植機。
そこには、漫画独特の「あるルール」を生み出すための、秘密が隠されていました。
次回、「アンチとゴナ」。
漫画のセリフがなぜ「漢字はゴシック、ひらがなは明朝」なのか。その謎に迫ります。
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