『COM』、手塚治虫が若者に託した夢 第6話:蒔かれた種(終)
作者のかつをです。
第十七章の最終話です。
一つの雑誌の終わりと、そこから始まった新しい文化の物語。
手塚治虫が遺した最大の「置き土産」は、漫画を描くこと、そしてそれを共有することの喜びそのものだったのかもしれません。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
『COM』は消えた。
しかし、そこで育まれた「種」は、驚くべき生命力で芽吹き始めていた。
「ぐら・こん」で出会った若者たちは、雑誌という場を失っても、その交流を止めることはなかった。
彼らは自らの手で同人誌を作り、批評し合い、創作活動を続けた。
その熱気は、やがて1975年のコミックマーケット開催へと繋がっていく。
米沢嘉博をはじめとするコミケの創設メンバーたちもまた、『COM』の洗礼を受けた世代だった。
プロとアマチュアの垣根を超え、誰もが自由に表現できる場。
手塚治虫が『COM』で夢見たその理想郷は、形を変え、コミケという巨大な祝祭となって現代に蘇ったのだ。
そして、『COM』出身の作家たちは、それぞれの場所で花開いた。
あだち充の青春、高橋留美子のコメディ、諸星大二郎の異界。
彼らの作品は、後の少年誌や青年誌を彩り、日本の漫画文化を世界に誇るものへと押し上げていった。
手塚治虫の挑戦は、ビジネスとしては失敗だったかもしれない。
しかし、文化としては大成功だった。
彼は、若者たちに「描く勇気」と「集う場所」を与えた。
その功績は、彼が描いたどの名作にも劣らないほど偉大なものだ。
……2025年、東京。
物語の冒頭に登場したあの古書店。
美大生は、『COM』のバックナンバーをそっと棚に戻した。
彼はスマートフォンを取り出し、自分の描いた漫画をSNSに投稿する。
すぐに「いいね」が付き、感想のコメントが届く。
見知らぬ誰かと、作品を通じて繋がる瞬間。
彼は知らない。
今、自分が当たり前のように享受しているこの「表現し、繋がる」という文化の源流に、かつて一人の天才が心血を注いで作った雑誌があったことを。
その雑誌が蒔いた種が、半世紀の時を超えて、デジタルの海の中で大輪の花を咲かせていることを。
歴史は、成功した記録の中だけにあるのではない。
志半ばで散った夢の跡地にも、確かに未来へのバトンは埋まっているのだ。
手塚治虫の夢は、今も、描くすべての若者たちの中で生き続けている。
(第十七章:天才たちの置き土産 ~『COM』、手塚治虫が若者に託した夢~ 了)
第十七章「天才たちの置き土産」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
『COM』がなければ、今の同人誌文化やコミケは存在しなかったかもしれません。そう考えると、手塚治虫の影響力は本当に計り知れませんね。
さて、漫画の表現、産業、文化と見てきました。
次なる物語は、漫画を構成するもう一つの重要な要素、「文字」の歴史です。
次回から、新章が始まります。
**第十八章:写植という名の魔法 ~漫画の「文字」を支えた職人たちの黄昏~**
デジタル化の波に飲まれ、消えていった「写植」という技術。
その美しくも儚い職人芸の世界にご案内します。
引き続き、この壮大な漫画創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十八章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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