『COM』、手塚治虫が若者に託した夢 第5話:早すぎた理想
作者のかつをです。
第十七章の第5話をお届けします。
理想を追求することの難しさ。
高い志を持っていた『COM』が、なぜ短命に終わらざるを得なかったのか。
その経営的な側面と、手塚治虫の苦悩を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
才能あふれる作家陣、熱狂的な読者コミュニティ。
『COM』は、文化的には間違いなく成功していた。
しかし、商業的な現実は冷酷だった。
『少年マガジン』や『少年サンデー』が百万部単位の発行部数を誇る中、『COM』の発行部数は数万部程度にとどまっていた。
内容は高度で実験的すぎたのかもしれない。
一般の子供たちが気軽に楽しめる娯楽としては、敷居が高すぎたのだ。
「良い雑誌だが、売れない」
取次や書店の評価は厳しかった。
さらに、運営母体である虫プロ商事の経営状態が悪化していく。
アニメ制作の赤字、無計画な事業拡大。
手塚治虫の「良いものを作れば必ず売れる」という芸術家としての理想は、冷徹な資本主義の論理の前で軋みを上げていた。
編集部の中にも焦りが生まれた。
「もっと売れる漫画を載せるべきではないか」
「いや、『COM』の魂である実験精神を捨てるべきではない」
理想と現実の狭間で、編集方針は揺れ動いた。
そして1971年。
ついに限界が訪れる。
虫プロ商事の経営破綻に伴い、『COM』は休刊を余儀なくされた。
創刊からわずか5年。
早すぎた終焉だった。
「火の鳥」の連載は中断され、多くの新人作家たちが発表の場を失った。
「ぐら・こん」に集った若者たちは、突然放り出されたような喪失感を味わった。
手塚治虫の無念は計り知れなかっただろう。
自らの手で創り上げた理想の城が、自らの経営の拙さによって崩れ去っていく。
「僕は、また失敗してしまったのか……」
神様は、万能ではなかった。
彼は偉大なクリエイターではあったが、冷徹な経営者にはなりきれなかったのだ。
しかし、『COM』が遺したものは、会社の倒産と共に消え去るようなちっぽけなものではなかった。
その種子は、すでに若者たちの心の中に深く蒔かれていたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
『COM』の休刊は、当時の漫画ファンにとって大きなショックでした。しかし、そのショックが逆に彼らを突き動かし、自分たちの手で場を作ろうというコミックマーケットの動きへと繋がっていくのです。
さて、雑誌は消えても、その魂は残りました。
『COM』が遺した本当の遺産とは何だったのでしょうか。
次回、「蒔かれた種(終)」。
第十七章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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