トキワ荘、まんが道が生まれた部屋 第4話:締め切り前夜の助っ人
作者のかつをです。
第二章の第4話をお届けします。
『まんが道』でも描かれたあまりにも有名な伝説のシーン。
今回はその一夜に日本の漫画制作の未来を変えるほどの大きな意味が込められていたという視点で描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
プロの漫画家にとって締め切りは絶対である。
たとえどんなに体調が悪くとも、どんなにアイデアが浮かばなくともその日は容赦なくやってくる。
ある夜のことだった。
新進気鋭の天才としてすでに何本もの連載を抱えていた石ノ森章太郎。
その彼が珍しく自室で完全に追い詰められていた。
複数の締め切りが不運にも同じ日に重なってしまったのだ。
描いても描いても白い原稿用紙は一向に減らない。
窓の外はすでに白み始めている。
「……もう、ダメだ。落とす……」
彼がペンを置き力なく机に突っ伏したその時だった。
コンコンと控えめに部屋のドアがノックされた。
そこに立っていたのは藤子不二雄の二人と赤塚不二夫だった。
その手にはGペンと墨汁が握られている。
「石森くん、大変そうだね」
「僕らでよかったら手伝うよ」
誰に頼まれたわけでもない。
ただ友の絶体絶命のピンチを見過ごすことはできなかった。
そこから無言のしかし阿吽の呼吸による共同作業が始まった。
石ノ森がキャラクターのペン入れを終える。
するとすかさず藤本がその背景の線を精密に引き、安孫子が髪の毛のベタをムラなく塗りつぶしていく。
そして赤塚が驚異的な速さで消しゴムをかけ原稿を仕上げていく。
四畳半の部屋はさながら野戦病院の緊急手術室のようだった。
言葉はいらない。ただ互いのペン先の動きだけがすべての意思を伝えていた。
夜が明け編集者が青い顔で原稿を取りに来た時。
そこにはすべての原稿が完璧な形で仕上がっていた。
呆然とする編集者に石ノ森は深々と頭を下げた。
その視線の先で仲間たちは何も言わずにただにこりと笑って親指を立ててみせた。
これは友情から始まったささやかな助け合いだった。
しかしこの出来事こそが日本の漫画制作の現場に「アシスタント」という専門職が生まれるその正真正銘の原風景だったのだ。
一人の力には限界がある。
しかしチームの力は無限大だ。
彼らはその真理をインクと徹夜と友情の中で学んでいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「助っ人」の文化はトキワ荘の良き伝統となりました。誰かがピンチになると他のメンバーが当たり前のように手伝いに駆けつける。その関係性が彼らの創造性をさらに高めていったのです。
さて、過酷な締め切りを乗り越える若き漫画家たち。
そんな彼らのささやかな日常の楽しみとは一体何だったのでしょうか。
次回、「チューダーと角砂糖」。
貧しくも豊かだった彼らの青春の1ページを切り取ります。
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