商業主義に背を向けた伝説の雑誌 第5話:若者たちの聖書
作者のかつをです。
第十六章の第5話をお届けします。
最も輝いていた時代のその裏側で、静かに忍び寄る終わりの予感。
今回は『ガロ』の栄光の頂点と、その終わりの始まりを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1960年代後半から70年代へ。
『ガロ』はその黄金時代を迎えていた。
『カムイ伝』が物語の骨太な幹となり、つげ義春がその前衛的な花を咲かせ、そして長井勝一が見つけ出した無数の若き才能たちがその豊かな土壌を耕した。
『ガロ』は単なる漫画雑誌の枠を超え、一つの文化的な「運動」そのものとなっていた。
学生運動に挫折し、既存の価値観に絶望した若者たち。
彼らにとって『ガロ』はただ一つの心の拠り所であり、聖書だった。
そこには商業主義に汚染されていない本物の表現があった。
社会の欺瞞を鋭くえぐり出す批評精神があった。
そして自分たちと同じように悩み苦しむ、等身大の魂の叫びがあった。
喫茶店の片隅で、若者たちはボロボロになった『ガロ』を片手に朝まで熱く語り合った。
つげ義春の描くシュールな世界について。
白土三平の描く階級闘争の意味について。
『ガロ』を読むことはもはや単なる読書ではなかった。
それは自分たちが時代の最先端の文化に触れているという、知的なアイデンティティの表明でもあったのだ。
しかし、その輝かしい栄光のまさにそのただ中で。
『ガロ』という奇跡の共同体を支えていた二本の巨大な柱が、同時に揺らぎ始めていた。
一本は、看板作家・白土三平。
彼はあまりにも壮大な『カムイ伝』の執筆に心身をすり減らし、長期の休筆に入ってしまう。
絶対的な支柱を失った『ガロ』は、商業的に大きな打撃を受けた。
そして、もう一本の柱。
編集長、長井勝一。
彼もまた長年の無理がたたり、体調を崩し入退院を繰り返すようになっていた。
神がかり的な彼の「嗅覚」がなければ、『ガロ』の魂は維持できない。
『ガロ』を取り巻く時代の空気も変わり始めていた。
学生運動の熱狂は冷め、社会は高度経済成長から安定期へと移行していく。
若者たちはもはや、かつてのような過激で政治的なメッセージを求めてはいなかった。
伝説の終わり。
その静かな、しかし確実な足音がすぐそこまで迫っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
『カムイ伝』の休載は、『ガロ』にとって本当に大きな痛手でした。それほどまでにこの雑誌は、一人の天才作家の圧倒的な才能に依存していたのです。
さて、二本の大きな柱を失った『ガロ』。
その伝説はどのような最期を迎えるのでしょうか。
次回、「時代の終わりと内紛」。
一つの美しい夢の終わりを描きます。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
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