商業主義に背を向けた伝説の雑誌 第4話:つげ義春のネジ
作者のかつをです。
第十六章の第4話をお届けします。
漫画の歴史を語る上で決して避けては通れない問題作、『ねじ式』。
今回はその伝説の作品がいかにして生まれたのか、その誕生の瞬間に光を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
『ガロ』という異端の才能が集う楽園。
その中でも、ひときわ異様な光を放つ一人の男がいた。
つげ義春。
彼は極度の人見知りで、滅多に人前に姿を現すことはなかった。
ただ黙々と自分の内宇宙に潜り込み、そこで見た奇妙で美しい、悪夢のような光景を漫画として描き出す。
長井勝一は、彼のその常人には理解しがたい才能に惚れ込んでいた。
1968年6月。
長井はつげに一つの依頼をする。
「来月号、増ページしますから、何か新しい作品を描いてください」
しかし、つげはスランプのどん底にいた。
アイデアがまったく浮かばない。
締め切りだけが刻一刻と迫ってくる。
追い詰められた彼は、ある夜奇妙な夢を見た。
知らない町をさまよっている。
ふと見ると、一軒の眼科の看板が目に入る。
しかし、その看板には眼の絵ではなく、一本の「ネジ」の絵が描かれている。
興味を惹かれ中に入ってみると、女医が彼の静脈にメスを入れ、そこから一本のネジを抜き取る……。
あまりにもシュールで、不条理な夢。
「……これだ」
目覚めたつげは、その夢の光景を猛烈な勢いで原稿用紙に叩きつけた。
そうして生まれた一本の漫画。
その名は、『ねじ式』。
それは、もはや漫画ではなかった。
明確なストーリーはない。
起承転結もない。
ただ主人公の少年が、意味不明な悪夢の世界をさまよい続けるだけ。
しかし、その緻密で病的なまでに美しい描線。
見る者の心の奥底の不安をざわつかせる、その独特の雰囲気。
それは漫画という表現が、初めて現代アートの領域にまで足を踏み入れた歴史的な瞬間だった。
完成した原稿を読んだ長井は、唸った。
「……面白い。だが、これを読者が理解できるだろうか」
彼の脳裏に一瞬ためらいがよぎる。
しかし、彼はすぐに首を振った。
『ガロ』の編集方針はただ一つ。
面白いか、面白くないか、だ。
彼は、この理解不能な、しかし圧倒的な才能の塊を世に問うことを決意した。
『ねじ式』が誌面に掲載されると、案の定、賛否両論の嵐が巻き起こった。
「これは漫画への冒涜だ」
「いや、これこそが真の芸術だ」
そのあまりにも大きな衝撃。
「ねじ式ショック」は漫画界だけでなく、文学界、思想界をも巻き込み、一つの巨大な社会現象となった。
『ガロ』はもはや単なる漫画雑誌ではなかった。
それは時代の最先端のカウンターカルチャーを生み出す、最も危険で刺激的な震源地となっていたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
『ねじ式』がもたらした衝撃は本当に計り知れないものでした。この作品の登場以降、「漫画でここまで自由な表現が許されるのか」と、多くのクリエイターが勇気づけられ、後に続くことになります。
さて、ついに時代の寵児となった『ガロ』。
しかしその輝かしい光の裏側では、少しずつ影が忍び寄っていました。
次回、「若者たちの聖書」。
『ガロ』の栄光と、その終わりの始まりを描きます。
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