商業主義に背を向けた伝説の雑誌 第3話:カムイ伝という柱
作者のかつをです。
第十六章の第3話をお届けします。
どんな前衛的なアートも、それを支える土台がなければ成り立ちません。
今回は、『ガロ』という雑誌の二面性、その芸術性と商業性の奇跡的なバランスに光を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
『ガロ』は、新人作家たちの実験的な作品発表の場だった。
しかし、そのあまりにも前衛的な誌面を商業的な雑誌として成立させていたのは、皮肉なことに一本のあまりにも王道のエンターテイメント作品だった。
白土三平の、『カムイ伝』である。
『カムイ伝』は、もはや『ガロ』という雑誌の単なる看板作品ではなかった。
それは、この奇跡の雑誌を支える唯一無二の巨大な「柱」だった。
江戸時代の厳しい身分制度。
その最下層で虐げられ、差別される非人の少年、カムイ。
彼は、その不条理な運命に抗い、自由を求めて死闘を繰り広げる。
その壮大な物語。
史実に基づいた重厚な世界観と、血湧き肉躍るダイナミックなアクション。
そして、その根底に流れる鋭い社会批判のメッセージ。
『カムイ伝』は、子供向けの漫画では決して満足できない大学生や知識人といった、新しい読者層の心を完全に鷲掴みにした。
学生運動の嵐が吹き荒れる60年代後半。
社会の矛盾に怒りを燃やす若者たちは、『カムイ伝』の主人公カムイの姿に自らの姿を重ね合わせた。
『カムイ伝』が読みたい。
そのただ一点のために、多くの読者が毎月『ガロ』を買い求めた。
長井勝一は、そのことを誰よりも理解していた。
『カムイ伝』という絶対的な柱があるからこそ、自分は他のページで無名の新人たちのどんな実験的な冒険も許すことができるのだ、と。
『カムイ伝』が、商業的な成功を一手に引き受ける。
そのおかげで、『ガロ』は商業主義とは無縁の、自由な表現の楽園であり続けることができた。
白土三平もまた、その自らの役割を誇りを持って受け入れていた。
彼は長井の狂気ともいえる編集方針の、最大の理解者であり支援者だったのだ。
ある時、長井があまりの赤字経営に音を上げ、白土に原稿料の引き下げを恐る恐る申し出たことがあった。
すると、白土は笑ってこう言ったという。
「いいですよ。その代わり、他の若い連中の面白い漫画を一本でも多く載せてやってください」
あまりにも美しい共犯関係。
一人の天才作家と、一人の稀代の編集長。
その固い、固い信頼関係のその上に、『ガロ』という奇跡の城は建っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
白土三平と長井勝一の関係は、単なる作家と編集者の関係を超えていました。二人は同じ貸本漫画の世界から這い上がってきた戦友でもあったのです。その固い絆が、『ガロ』の魂を支えていたのですね。
さて、盤石の体制を築いたかに見えた『ガロ』。
しかし、その楽園に一人のあまりにも異質な天才が迷い込んできます。
次回、「つげ義春のネジ」。
漫画の歴史が、音を立てて変わります。
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